社会経済研究所

社会経済研究所 コラム

2017年6月2日

トランプ大統領のパリ協定脱退表明について(1)

主任研究員 上野貴弘

トランプ大統領は2017年6月1日(現地時間)にホワイトハウスで演説し、パリ協定からの脱退を表明した。この脱退表明が意味するところについて、現時点(日本時間の6月2日17時)までに得られている情報をもとに考察する。

(1)脱退せずとも、パリ協定の枠内で懸念には対応可能だった

トランプ大統領は脱退の理由として、協定が米国に対して不公平であること、つまりオバマ前政権が協定の下で掲げた目標を満たそうとすれば、製造業に甚大な悪影響が及んで雇用が損なわれる一方、中国やインドなどは意味のある義務を負っていないという点を指摘した。また、米国が途上国支援のための「緑の気候基金(Green Climate Fund)」に多額の拠出をする一方で、他の多くの国は一切の拠出をしていないことも脱退の理由とした。そして、この脱退表明を選挙戦中に掲げた公約(パリ協定を「キャンセル」)を達成するものと位置付けた。演説の全文はホワイトハウスのウェブサイトで閲覧できる(注1)。

しかし、これらの懸念は、協定に残ったままでも対応可能である。パリ協定は各国が削減目標を自ら決める仕組みをとっている。目標を不公平と考えるのであれば、(あまり奨励されるべきことではないが)目標を緩めることは可能である。途上国への資金支援についても支援提供の一般的義務はあるものの、具体的な金額や拠出先を義務付けるものではない。協定に残ったまま、拠出を減らすことは可能である。そもそも、パリ協定は米国が京都議定書に参加できなかった苦い経験を踏まえて、政権交代があっても米国の参加を確保できるように慎重に設計されてきた。そうした知恵を無視するような形で脱退という極端な選択をしたのは残念である。

(2)再交渉の中身は不明

トランプ大統領は演説の中で「米国にとって公平な条件で、パリ協定、またはまったく新しい取り決めに再加入すべく交渉を開始する」と何度か言及した。しかし、その再交渉によって何を得たいのかは示されていない。協定に残ったままでは対応できない何かがあるのだろうか。トランプ大統領は再交渉に関して、「公平な合意を出来るかを見ていく。できるならば、素晴らしい。できないのなら、それでも構わない(if we can’t, that’s fine)」とも述べており、真剣に合意を目指す意図があるのか疑わしい。残念ながら、この時点では、まだ中身のない提案と言わざるを得ない。

したがって、再交渉提案に安易に乗って、新たな交渉プロセスを立ち上げるべきではない。まずは米国が本当に必要としているものは何か、それは現行のパリ協定で対応できないものであるのかを、米国自身が説明する必要がある。

(3)正式脱退には時間がかかる。粘り強く説得を

パリ協定は28条に脱退規定を設けている。それによれば、協定発効時から3年後(2019年11月4日)以降に脱退を通告でき、その1年後に正式に脱退となる。そのため、正式脱退は最速でも2020年11月4日であり、まだかなりの時間がある。ただし、パリ協定の親条約である気候変動枠組条約(UNFCCC)を脱退すれば、パリ協定からも脱退したものと見なされる。UNFCCCはいつでも脱退を通告可能であり、通告から1年後に脱退が完了する。

今回の演説でトランプ大統領はどちらの方法を取るのかには踏み込まなかった。ただし、UNFCCCを脱退すると完全に交渉のテーブルから離れることになってしまうので、「再交渉」を掲げている以上、UNFCCCには残留するのではないかと筆者は考えている。そうであるならば、正式に脱退が決まるまで、あと2年5カ月の時間があることになり、日本を含む他の国々は時間をかけて協定復帰を働き掛けていくべきである。後述するように、今回の表明に至るまでに、政権内部では脱退派と残留派の激しい綱引きがあった。政権内に残留を支持する声が強くあるのは事実であり、粘り強く働きかけを続ける価値はある。

なお、現在、2018年11月のCOP24を合意期限として、パリ協定の詳細ルール作りの交渉が行われている。今回の脱退表明を受けて、米国がこの交渉から離脱するのか、それとも「再交渉」の一環として交渉を続けるのかは現時点では分からない。脱退が通告可能になるのは合意期限の約1年後であり、COP24の時点で米国はまだパリ協定の締約国である。つまり、交渉参加の資格は残っており、国際社会は、米国に対してこの交渉への参加を通じて協定への不満(あるいは誤解)を解消するように訴えていくべきであり、米国も再交渉の意思を持つならば、テーブルに着く理由があるだろう。

また、日本政府は、脱退表明を踏まえたステートメントの中で「米国は引き続き世界第2位の温室効果ガス排出国であるとともに、環境分野等においてイノベーションを通じた様々な先進的な技術の導入や取り組み等を行ってきている国でもある。我が国としては,気候変動問題に対処するために米国と協力していく方法を探求する(以下略)」と述べている(注2)。パリ協定を弱めないような形で、協定の外側で技術協力などを模索することは、米国を繋ぎとめるのに役立つだろう。

(4)脱退表明の影響は?

世界中の関心が集まる中で演説を行い、各国のメディアがこれを大きく報道しており、一般の人々の間で温暖化対策の国際協調が後退したとの印象が広まるのは避けがたい。他方、今回の脱退表明を受けて、他の多くの国々がパリ協定に引き続き、コミットしていく意思を示しており、日本政府も「パリ協定の締約国と同協定の着実な実施を進める」と表明した。また、パリ協定は自国の削減目標を自らの意思で決定する仕組みを取っており、自国で決めたものを他国の後退だけを理由に変えるのは説明が付きにくいため、構造的に、脱退・後退のドミノ倒しにはならないだろう。そういう現実が明らかになっていくなかで、脱退の衝撃は次第に和らいでいくものと思われる。

ただし、後の段階になって顕在化する悪影響もある。多くの途上国は、先進国などからの支援を前提とする目標等を掲げているが、長い期間にわたって米国からの支援が得られなくなれば、それを理由に対策を見直す可能性がある。また、パリ協定の下では、2020年に、2030年目標を(再)提出することになっているが、米国がこの時点までに脱退を通告済みであれば、対策強化の機運が削がれるだろう。

米国自身の温室効果ガス排出量については、今回の脱退表明よりも、進行中の国内対策の見直しに強く影響を受ける。トランプ大統領は3月28日に大統領令に署名し、前政権による排出規制等の全面見直しに着手した。その見直しによって、これまで進んできた排出削減のペースが鈍化もしくは停滞すると見込まれている。

既に述べたように、(UNFCCC脱退に踏み込まない場合には(注3))協定の正式脱退は最速でも2020年11月4日である。奇しくも、その前日には、次の大統領選挙が行われる。もし現政権が1期で終了するならば、次期政権が2021年1月に協定に復帰する可能性が高く、パリ協定が受ける傷は浅いものに留まる。他方、2期目に続くならば、政権が翻意しない限り、2期の合計で8年間、悪影響が続くことになり、協定の求心力が揺らぐ可能性がある。

今回の発表に至るまで、政権内部で脱退派と残留派の論争があったとたびたび報じられてきた。残留派はオバマ政権が掲げた削減目標(2025年に2005年比で26〜28%削減)を大幅に緩めつつ、パリ協定に残ることを志向してきた。そして、このアプローチを石油天然ガス企業や、温暖化対策で最も影響を受ける一部の大手炭鉱企業が支持した。化石燃料の企業でさえも、世界的に温暖化対策が進む中でどのように生き残っていくのかを検討していることの証左とも言え、これまでには見られなかった傾向である。他方、中小の炭鉱企業や経済的に厳しい状況に置かれている製造業の労働者、一部の保守系団体などトランプ政権のコアな支持層は今回の脱退決定を強く支持していると思われる。共和党の中でもパリ協定への賛否は割れており、単純に党派対立の問題とは捉えられなくなってきている。こうした変化は今後も続くと思われ、トランプ大統領も再選を目指す中で、いずれ現実を受け止めざるを得なくなるかもしれない。

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