電気新聞ゼミナール

2017.08.14

英国の小売電力市場の競争と規制の変遷から学ぶべき教訓は?

  • 電気事業制度
  • 企業・消費者行動

電気新聞ゼミナール(137)

 前回(7月31日掲載)に引き続き、英国の自由化の歴史を辿る第2編として、1999年に小売全面自由化以後、競争促進と規制強化の間を行き来してきた経験に注目して、電力という財における競争と規制のあり方について教訓を得たい。

【料金規制撤廃とその後の寡占化】

 小売全面自由化の後、数年間は、大手ガス会社のブリティッシュガスの参入などを背景に競争が進展した。電気とガスのセット販売も登場し、家庭用需要家による小売電気事業者の変更も進み、電気料金も低下した。当初設けられた料金規制は、2002年には撤廃された。

 しかし、その後は、新規参入がほとんどなく、ブリティッシュガスを含む大手6社の寡占化が進んだ。燃料価格の上昇などを背景に電気料金の上昇もあり、寡占化による競争の停滞も懸念されるようになった。特に競争の停滞が懸念されたのは、家庭用需要家向けの小売電力市場である。

 競争停滞の要因として、しばしば卸電力市場の流動性の低さがあげられる。確かに、2000年代、英国の卸電力市場の流動性は欧州他国に比べて低かった。

 これに加え、家庭用需要家の選択行動の特徴に関係する要因が指摘された。その特徴とは、家庭用の料金プランの多様化が進み、複雑な料金体系や契約条件が登場した結果、家庭用需要家がより安い料金を選べないなど、自らのニーズに見合う選択が困難となっているというものである。

【料金プランへの規制】

 そこで、規制当局は、料金プランの規制強化に乗り出した。2014年、1社あたりの料金プランの数が4つに制限された。料金体系も基本料金と一律の従量料金のみに規制され、わが国で一般的である使用量に応じた段階別料金は認められないこととなった。

 ただし、この規制強化は多くの論争を呼んだ。自由化に逆行し、事業者の創意工夫の余地や需要家の選択肢を狭めるとして、多くの批判を受けた。英国では、長期契約割引や一定期間内は燃料価格や卸電力価格に依存しない固定料金などが提供され、選択肢の多様化が需要家の便益につながっていたと評価できるが、規制強化によりこうした便益が失われる懸念があった。

 それにもかかわらず、規制が強化された背景には、事業者や市場競争に対する家庭用需要家の不信感が募っていたことも見過ごせない。政治家が電気料金への介入を主張するなど、政治問題ともなっていた。

【競争促進へ向けた料金プラン規制見直し】

 料金プラン規制の後、規制当局は競争当局に調査を依頼していたが、2016年、競争当局が電力・ガス市場の調査に関する最終報告を公表し、料金プラン規制の見直しを提言した。これを受け、規制当局は、料金プランの数の制限と料金体系への規制を撤廃することとした。事業者の創意工夫の余地と需要家の選択肢を確保し、競争を促進する狙いがある。

 しかし一方では、低所得者が多く利用する前払い料金に対する再規制も提言された。前払い料金の分野で競争が働きにくく、低所得者への影響が懸念されたためだが、あくまで2020年までの過渡的な再規制であり、いずれスマートメーターに置き換わることで、競争環境が整備されることが期待されている。

【事業者の創意工夫と需要家の選択のしやすさの両立】

 英国の競争促進と規制強化を巡る紆余曲折を見ると、規制当局の対応は首尾一貫しているとは言いがたい。電力は必需性の高い財であり、競争でも規制でも、それが適切に機能しないと政治問題化しやすく、競争か規制かといった極端な二項対立の議論に陥りやすいリスクがあるといえる。そうした政治・規制リスクが顕在化すると、事業者にとっては、先が見通せず、創意工夫の意欲が失われてしまうだろう。需要家にとっては、市場競争に対する不信感が増大し、積極的に自らのニーズに合う事業者や料金プランを選択する意欲が低下する懸念がある。そうなっては、結局、事業者も需要家も自由化の便益を享受することが難しくなるおそれがある。

 現在、英国では、料金プラン規制の撤廃とともに、需要家の積極的な選択行動を促す施策が検討されようとしている。英国の新たな施策の有効性は今後の評価を待たなければならないが、少なくとも、わが国にとっての教訓としては、極端な議論に振れることなく、事業者の創意工夫の余地の確保と、需要家による選択を容易にし、市場競争に対する需要家の信頼を獲得することの両立が重要といえる。

電力中央研究所 社会経済研究所 事業制度・経済分析領域 主任研究員
後藤 久典/ごとう ひさのり
2005年入所。専門は需要家行動分析、マーケティング論。

電気新聞2017年8月14日掲載
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