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2022.10.18

米インフレ抑制法の効果-再エネは送電線がカギ 水素とCCSは追い風-

  • 気候変動

電気新聞グローバルアイ

 本米国では今夏、「インフレ抑制法(IRA)」が成立し、10年で3,690億ドルを気候変動対策の政府支援に投じることになった。

 政府支援は主として、クリーンエネルギーを導入した企業に対する法人税の控除など、支払うべき税金を減らす形で行われる。従来技術と新技術のコスト差が税控除でどこまで縮むかが新技術の普及を左右するが、関連インフラの整備が遅れれば、導入が制限される。具体的に見てみよう。

 再エネ発電には、発電量比例の税控除(1kw時当たり2.5セント)が運転開始から10年間認められる。コンサルティング会社ICFによれば、風力発電と太陽光発電は、もともと発電原価(資本費込みのLCOE)が天然ガス火力よりも安いが、IRAの税控除で一層安くなる。コスト差だけを見れば、爆発的に普及する可能性がある。

 しかし、送電線(特に州間送電線)の整備が遅れて、導入が制約される可能性が指摘されている。プリンストン大の研究チームによれば、IRAによる排出削減効果を最大化するには年率2.3%のペースで送電線を拡張する必要があるが、過去10年は年率1%に留まり、このペースでは削減効果が8割縮小する。この問題はIRAだけでは解消されず、建設認可プロセス改善の新法など、別の取り組みが必要となる。

 二酸化炭素回収・貯留(CCS)付き火力には、回収する炭素量に比例する税控除(1t当たり85ドル)が12年間認められる。85ドルは強いインセンティブであり、プリンストン大の研究チームは、2035年時点で残存する火力の発電量の約半分がCCS付きと見込む。

 CCSの税控除は産業部門にも適用される。エタノール、アンモニア、ガス精製では、CCSのコストが1t当たり50ドルを下回るとされており、調査会社ロジウム・グループは、これらの業種では2030年までにCCSが広く導入されると分析している。さらに、石油精製、セメント、鉄鋼でも、1tあたり85ドルを切るケースがあり、2035年にかけて導入が進むと見込んでいる。

 水素製造には、最大で1kg当たり3ドルの税控除が10年間認められるが、ライフサイクル排出量に応じて控除が減額される。ロジウム・グループによれば、IRA以前は、再エネ電気による「グリーン水素」の価格は1kg当たり3.4ドルから5ドルであったが、3ドルの支援が入ることで価格が劇的に下がり、既存の天然ガス改質水素の価格に比肩するようになる。

 天然ガス改質の水素製造にCCSを適用する「ブルー水素」の場合、川上のメタン漏洩でライフサイクル排出量が大きくなり、水素製造の税控除額が小さくなる。他方、天然ガス改質水素のCCSコストは1t当たり60~80ドルと言われており、CCSの控除(1t当たり85ドル)を選択すれば、コスト増分を相殺できる。

 水素の用途は、産業、輸送、発電等であり、各地の「水素ハブ」構想でもこれらが検討されている。

 CCSも水素も、輸送などの関連インフラの整備が必要であるが、2021年に成立した「インフラ投資・雇用法」でその整備が支援される。水素ハブも支援対象である。インフラ整備が速やかに進めば、導入加速の後押しとなるが、遅れれば、導入が制約される。

電力中央研究所 社会経済研究所 上席研究員 上野 貴弘

電気新聞2022年10月18日掲載
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