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2022.12.27

EUの排出量取引の改革―鉄鋼等も全量有償化に 炭素国境調整を導入へ―

  • 気候変動

電気新聞グローバルアイ

 欧州連合(EU)は、当初、2030年に1990年比で40%以上削減との排出目標を掲げたが、2020年12月に「55%以上削減」に引き上げた。2021年の夏以降、目標達成に向けて、排出量取引に関する諸制度の案が検討され、2022年12月に、EUで立法権限を有する理事会と欧州議会がその内容に合意した。 執筆時点では、合意された条文は公表されていないが、理事会と欧州議会がそれぞれにプレスリリースを発している。限られた情報に基づき、制度案を概説する。

 EUは2005年以降、発電や鉄鋼などの多排出産業に排出量取引(EUETS)を課してきたが、今回、対象部門全体で2030年に2005年比で62%の削減を行うことに合意した。この削減幅と整合するように、排出枠の発行量を毎年漸減させていく。

 発行された排出枠は、事業者に対して、有償のオークションで販売されるか、無償で割り当てられる。当初はほぼ全量が無償だったが、2013年以降、発電部門は全量有償となり、他の部門では無償割当が続いた。

 今回の合意は、鉄鋼、セメント、アルミニウム、肥料、水素等の製造についても、2026年以降、無償枠を段階的に削減し、2034年からは全量有償と定めた。

 そのうえで、炭素国境調整措置(CBAM)を、無償枠の削減にあわせて、段階的に導入する。CBAMは無償枠全廃の対象となる産業の製品輸入に対して、実質的な炭素関税を課すものである。域内市場でのEU製品と輸入品の炭素コスト差を埋めて、産業流出とそれに伴う海外への炭素流出を防ぐことを狙う。

 ただし、CBAMでは、輸出品に対する炭素コストの還付を行わない。輸出品は炭素コストを背負ったままとなり、輸出先でそのコストが乗っていない現地製品と競合することになる。欧州議会や産業界は輸出還付に相当する措置として、輸出品生産に限定した無償枠の継続を求めたが、輸出量に紐づいた支援は世界貿易機関(WTO)のルールに違反するおそれがあることから、理事会や政策執行機関である欧州委員会が難色を示し、見送られた。

 その代わりに、有償オークションの収入を原資とする「イノベーション基金」を通じて、無償枠全廃の対象となる産業の脱炭素化を支援する。また、2025年までに、欧州委員会が輸出に関連する炭素流出のリスクを評価し、必要があれば、追加の立法案を提示する。

 EUETSの対象外である建物や自動車からの排出に対しては、これまで加盟国が個別に炭素税などの施策を実施していたが、今回の合意では、別立ての排出量取引(ETSⅡ)を、燃料供給事業者を対象に、2027年から開始することになった。EUETSと同様、排出枠の発行量を毎年漸減させるが、枠の価格が1tあたり45ユーロを超える際には追加枠を放出し、価格高騰を抑制する。加盟国の炭素税等がETSⅡと同等以上の水準の場合、2030年までETSⅡを免除する。

 また、ETSⅡのオークション収入等を原資として「社会気候基金」を新たに設置する。ETSⅡのコストは一般の人々が直面する燃料代に転嫁されるが、基金で燃料代高騰への支援や低炭素化の支援を行う。

 日本も今後、排出量取引を導入する見通しだが、EUの制度改革が機能するのか注視する必要がある。

電力中央研究所 社会経済研究所 上席研究員 上野 貴弘

電気新聞2022年12月27日掲載
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