社経研DP

2023.09.14

EUにおける「2040年目標」の検討状況 ―欧州気候法と科学的助言機関による助言の概要―

  • 気候変動

要約

 EUは、欧州気候法(規則2021/1119)に基づき、「2040年目標」の検討を開始した。2023年6月15日、同法第3条に基づいて設置された気候変動に関する欧州科学的助言機関(European Scientific Advisory Board on Climate Change、以下ESABCC)は、2040年目標に関する報告書を公表した。欧州委員会は、2024年6月までに2040年目標を設定する規則案を提案することになっているが、その際、本報告書を「考慮」する。欧州気候法の制定(ESABCCの設置)後、EUが目標を検討するのは初めてのことであり、欧州委員会が、ESABCCの助言を、どのように、どの程度「考慮」するのか、現時点では不明瞭だが、EUにおける2040年目標の議論を見通す上で、ESABCCの助言の内容を理解することは重要である。
 特に、ESABCCが助言する目標の水準(1990年比90-95%減)のみに注目するのではなく、この水準を助言するに至ったESABCCのアプローチも理解する必要がある。ESABCCは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書(AR6)における温暖化を1.5℃に抑制することと整合する残余カーボンバジェット(累積CO2排出量)に関する知見を整理した上で、フェアシェアの検討とフィージビリティの評価を行い、両者の比較衡量に基づき、2040年目標の水準を助言した。EUにおいて、過去、このようなアプローチで排出削減目標の設定を行った例はない。
 フェアシェアについては、法的、倫理的、実際的な視点から検討し、特に倫理的な視点では、衡平に基づく複数のアプローチで推計(カーボンバジェットの分配)を行った。2015年以降の「1人あたりの累積CO2排出量を等量」にする(パリ協定採択以降の世界全体の残余カーボンバジェットを人口比で分配する)アプローチの場合、EUのバジェットが最大となった。一方、歴史的な排出量やGDP等を考慮したアプローチでは、EUの今後のバジェットがマイナス(既にEU分のバジェットを使い切った)との評価もあった。
 フィージビリティの評価では、IPCC AR6シナリオデータベース等から収集したシナリオから、フィージビリティの観点で36本のシナリオを抽出し、「環境リスク」と「技術の普及」の観点で比較した(ESABCCによるフィージビリティの評価には経済的な観点は含まれていない)。環境リスクについてはCCUS・陸の吸収源(森林等)による炭素除去・バイオエネルギー、技術の普及については太陽光・風力・水素を対象としてそれぞれ基準を設けた。基準の充足をもってシナリオを分類し、2040年の削減率は、両者の基準を全て満たすシナリオ(5本)では88-92%、技術の普及のうち太陽光について「わずかな基準超過を許容したシナリオ」(2本)では94-95%であることを示した。
 フェアシェアの推計とフィージビリティの評価結果には乖離があるが、結果として、ESABCCの助言(1990年比90-95%減)は、フィージビリティの評価の結果に近い数字となっている。ESABCCの助言を踏まえ、欧州委員会が2040年目標の提案にあたってどのようなアプローチを採用するのか(どのようなシナリオ分析を行うのか、フェアシェアを考慮するのか等)、注目される。

免責事項

本ディスカッションペーパー中、意見にかかる部分は筆者のものであり、電力中央研究所その他の機関の見解を示すものではない。

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