トランプ大統領と共和党は昨年の選挙で、バイデン政権下で成立したインフレ抑制法(IRA)の脱炭素支援を「新たなグリーン詐欺」と呼び、その廃止を公約した。IRAは法律であることから、その見直しや廃止にも立法が必要となる。
そこで、共和党は、トランプ大統領が熱望する所得税等の大型減税法案の中に、IRAの見直しを財源確保の一部として盛り込んで、議会での審議を進めてきた。法案は5月22日に下院本会議を通過し、現在は7月中の成立を目指して、上院で審議中である。下院法案でIRAがどう見直されているかを見ていこう。
IRAは脱炭素化を、減税、補助金、融資保証で支援するもので、その大宗は減税である。下院法案は補助金や融資保証の残高分の大半を撤回したうえで、減税については適用期間を見直した。ただ、分野ごとに見直し方が異なり、大きく3つに分類できる。
第一に、減税の適用期間を大幅に短縮して、早期廃止するものである。たとえば、再エネなどゼロエミ発電の新設への減税は、IRAでは「発電部門の排出量が2022年比で75%減となった年まで」に建設開始したものに満額適用という、長期間にわたるものだった。ところが、下院法案では「制定から60日後まで」に建設開始したものと限定され、即時停止に近くなった。水素生産、電気自動車(EV)の購入、住宅の省エネへの減税も、2025年末または2026年末までとなった。
ただし、ゼロエミ発電のうち、先進原子力の新設と既設原子力の拡張については、減税の適用期間を短縮しつつも、即時停止ではなく、2028年末までに建設や拡張を開始すれば適用とされた。トランプ大統領は5月23日に「原子力産業基盤の再活性化」に関する大統領令に署名し、「2030年までに既設原子力の出力を5GW増強し、10基の大型原子力の建設を開始」との目標を掲げた。米国でも新設は容易ではなく、今後の進展が注目される。
第二に、適用期間をほぼ据え置くものである。炭素回収貯留(CCS)の減税はIRAでは2032年末までに建設開始したものが対象だが、この期限は維持となった。水素生産の減税は2025年末で終了とされたが、天然ガスにCCSを組み合わせるブルー水素については、この減税を適用できる。
既設原子力による発電や蓄電池・太陽光パネルの部品生産への減税は、IRAでは2032年末までだったが、下院法案では、1年だけ短縮して、2031年末までとなった。
第三に、バイオ燃料などクリーン燃料の生産に対する減税は、IRAでは2027年末までだったが、下院法案では2031年末まで4年間延長された。
このように、再エネ・EV・省エネの減税は早期廃止、原子力・部品生産・CCS(ブルー水素を含む)の減税は現状維持、バイオ燃料の減税は期間延長となった。このことは、共和党政権下でも一部の脱炭素技術は生き残ることを示唆する。
奇しくも、日本が米国からの輸入を検討する水素派生物(アンモニア、合成メタン)やバイオ燃料の生産に活用できる減税は残っている。このまま上院も通過すれば、減税の部分撤回で米国の排出削減は減速する一方、日本の脱炭素化への寄与は継続するといえよう。
電気新聞2025年6月3日掲載
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