社経研DP
2025.11
排出量取引制度における価格安定化策について―諸外国の先行事例を踏まえた制度設計の類型―
- 気候変動
要約
排出量取引制度は、量を固定し、排出枠の需給関係を反映して市場で価格を決定する。しかし、実際には多くの事例において、価格が乱高下した場合に政府が市場に介入し、取引価格の安定化を図る仕組みを事前に用意して、価格の予見可能性を高める制度設計がなされている。このような仕組みを「価格安定化策」と呼ぶ。日本でも、2026年から開始するGX-ETSの第2フェーズでは価格安定化策が導入されることになっており、現在、制度設計の議論が進んでいる。
本稿では、価格安定化策に関する理論的考察を行った上で、諸外国の既存制度で講じられている価格安定化策の仕組みを比較し、その特徴を整理した。まず、政府が上・下限価格を設定するなどの方法で価格変動を制御すると、結果として排出枠の量が調整される。パリ協定下の目標と整合的な排出削減を重視する立場からは、制度が許容する排出総量(キャップ)の内数で追加供給量を設定する必要がある。その場合は、排出予備枠(リザーブ)を設けてその範囲内で追加供給に応じる方法が有効であるが、キャップを意識してリザーブの制約を強めすぎると、需要変動に対応し切れず、価格調整が不完全となる。このように、価格の安定と排出量の確実な抑制はトレード・オフの関係にある。
また、価格安定化策を発動する指標(トリガー)としては、市場の取引価格と排出枠の流通量という選択肢がある。制度の機動性の観点からは、価格をトリガーとする方が優れる一方、キャップの厳守を重視して市場介入の目的を厳格化する観点からは、量をトリガーとする方が優れ、どちらを優先するかは政策判断となる。
加えて、価格をトリガーとする場合の価格指標の選択肢には、絶対的価格と相対的価格がある。絶対的価格は、何らかの基準で望ましい価格水準の上・下限を定め、市場価格の変動を制御する。その結果、価格が上・下限に貼り付いた際には、排出枠の需給関係を反映した価格形成とはならないが、価格の予見可能性は高まる。一方、相対的価格は過去の市場価格との相対比で発動価格を設定する。相対的価格は急激な価格変動を予防するセーフティバルブとして働くが、価格水準を規定しないため、価格を一定水準に抑える機能はない。
価格安定化策は、トレード・オフ関係にある価格と量の確実性を調整する措置であり、理論的に最善な解は存在しない。日本においても、制度の運用状況を確認しつつ、市場の予見可能性を損なわない範囲でGX実現に向けた望ましい制度のあり方を模索する必要がある。
免責事項
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