電力経済研究 No.69

2023年2月

脱炭素化のために需要サイドの電化にどう向き合うか
―バリアへの対応と便益の追求―

How to Face Demand-Side Electrification for Decarbonization?:
Overcoming Barriers and Pursuing Benefits

  • キーワード:
  • 脱炭素
  • カーボンニュートラル
  • エネルギー需要
  • 省エネルギー
  • 電化

要旨

カーボンニュートラルの実現に向けては、エネルギーの供給サイドと需要サイドが一体となった取組が必要である。CO2排出量の半分以上は需要サイドからの直接排出であり、省エネルギー対策の強化のみならず、直接排出を大幅に減らすための手段も講じていかなければならない。水素・合成燃料・CO2回収等の手段は未だ研究開発・実証・初期導入の段階にあるが、電気利用技術は多くの分野で既に利用可能である。本総説では、エネルギー需要サイドに着目して、脱炭素化のために電化にどう向き合うかを論じる。まず、国内外で電化が需要サイドの取組としてどのように位置づけられているかを概観し、わが国では実際の取組については必ずしも十分に検討されていないことなどを述べる。また、電化には脱炭素目標への対応、再生可能エネルギー導入との相乗効果、技術の進歩や便益の拡大などへの期待があることを明らかにする。さらに、電化のバリアの実態を把握することの重要性や、ロックイン問題を考慮して早期にバリアへの対応策を講じていく必要があることを示す。それらを踏まえて、本特集号の構成と所収した論文等の概要を述べる。

1. はじめに

 2020年10月、政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにし、脱炭素社会の実現を目指すことを宣言した。カーボンニュートラルは、従来の省エネ・温暖化対策の延長線上では達成できず、電気事業者をはじめとするエネルギー供給サイド(以下、供給サイド)と企業や個人などのエネルギー需要サイド(以下、需要サイド)が一体となった取組が必要である。

CO2の半分以上は需要サイドからの直接排出

 わが国の2020年度の温室効果ガス総排出量は11.5億トンで、そのうちCO2排出量は10.4億トンである(環境省, 2022a)。

 CO2排出量の内訳を見ると、発電に伴う排出などを供給サイドに計上する場合、それらを含むエネルギー転換部門の排出量が40%と最も多く、次いで工場などの産業部門が24%、自動車などの運輸部門が17%、商業・サービス・事業所などの業務その他部門が6%、家庭部門が5%であり、半分以上(52%)は需要サイドからの直接排出となっている1)。発電に伴う排出などをエネルギーの需要サイドに計上する場合、すなわち、間接排出も含めると、その排出量は85%に達する。

 カーボンニュートラルの実現に向けては、需要サイドの取組が重要となることがわかる。

省エネルギーや再生可能エネルギーへの期待

 需要サイドの取組としてよく知られているのが、省エネルギー(以下、省エネ)である。本特集号の筆者らも、省エネ行動を促すための情報提供の効果を明らかにするための実証など、省エネ研究に携わってきた。工場や事業所のエネルギー管理の運用改善や建築物の断熱性能や機器の向上など、省エネが引き続き重要であることは言うまでもない。わが国の省エネ技術のレベルは高く、技術開発・普及を通じて国際的にも大きな貢献をしている。

 再生可能エネルギー(以下、再エネ)にも期待が寄せられている。特に再エネ電力については、住宅や事業所への太陽光発電システムの設置、再エネ由来の電力メニューの契約、再エネ電力証書の購入など、様々な調達手段が積極的に活用されている。

 これらの取組は、CO2排出削減に着実に寄与するものとして、今後も推進されるべきである。一方、省エネや再エネ電力調達だけでは、需要サイドの直接排出が残存し、脱炭素化が実現しない可能性があることも認識する必要がある。

脱炭素手段の1つとしての電化

 需要サイドの直接排出を大幅に抑える有力な手段の1つとして期待されるのが「電化」(electrification)である。

 例えば、家庭・業務部門では石油ストーブ・ガス給湯器などの燃焼技術からエアコン・エコキュート(自然冷媒ヒートポンプ給湯機)などの電気式ヒートポンプ技術へのシフト、ガスコンロからIH調理器へのシフトなどがある。産業部門では、重油ボイラーから電気式ヒートポンプへのシフト、生産プロセスにおける誘導加熱や抵抗加熱の導入などがある。運輸部門では、内燃機関自動車から電気自動車(electric vehicle, EV)へのシフトが注目を集める。

 電化への期待は、わが国の政策の方向性を示すエネルギー基本計画でも示されている。研究知見としても、脱炭素社会を実現するためには電化を加速する必要があることは、様々なエネルギーシステム分析に共通する傾向として示されている。このように期待や脱炭素要請があるにもにもかかわらず、社会全体としては、省エネや再エネに比べ、電化の取組の機運が高まっていないのが現状である。

電化率の上昇ペースは十分か

 電化といっても技術や用途は多様であるため、進展状況は部門によって異なる。2020年度のわが国の最終エネルギー消費(EDMC, 2022)の電化率は、家庭部門50%、業務部門62%、産業部門25%、運輸部門2%となっている。最終エネルギー消費全体に占める電化率は、1990年度の20%から2020年度の29%へと上昇しているものの、上昇幅は30年間で9ポイントにとどまっている。

 わが国の電化率が2050年にどの程度になると考えられているかといえば、各種のシナリオ分析(経済産業省, 2021)では33~51%と幅がある。社会経済などの前提を揃えながら複数の研究機関の間で長期シナリオを比較した研究(Sakamoto et al., 2021)によれば、CO2排出制約が厳しくなるほど電化率は上昇する傾向にあり、当時想定されていた最も厳しい制約である2050年80%削減シナリオでも電化率を37~64%まで引き上げる必要があることが示されている2)

部門間の相違

 忘れてならないのは、直接的に電化することが困難な分野の存在である3)。一連のシナリオ分析で電化率が100%に近くないのは、主に、産業部門の高温プロセスなどで対応が困難とされていることや、素材産業で原材料として用いられる化石燃料への脱炭素化手段は水素・CCUS(二酸化炭素回収・利用・貯留)等とされるためである。運輸部門においても、船舶・航空分野などで水素・バイオマス・合成燃料等に期待が寄せられている。

 他方、それら以外の分野、すなわち、産業部門の低温用途や家庭・業務部門、運輸部門の乗用車用途では、電化を相当程度進める必要があるとする分析が多く、これらの分野では、多くの電気利用技術が既に利用可能である。水素・バイオマス・合成燃料・CCUSなどは最終的な脱炭素の実現において一定の役割があり、研究開発や実証、さらには初期導入に取り組まなければならないが、それらの将来技術だけではなく、需要サイドの直接排出を脱炭素化する手段としての電化に正面から向き合う必要がある。

本総説の構成

 需要サイドの直接排出を大幅に脱炭素化するためには、電化に向き合う必要があることを踏まえ、本総説は以下の構成とする。まず、2章では、わが国や欧米において電化が需要サイドの取組としてどのように位置づけられているか、また、電化にどのような便益が期待されているかについて概観する。続いて、3章では、電化のバリアの実態を把握することの重要性を述べた上で、特に電化についてはロックイン問題を考慮して早期にバリアへの対応策を講じていく必要があることを示す。その上で、4章で本特集号の構成と所収した8編の論文等の概要を説明し、5章で結語を述べる。

2. 電化の位置づけと期待される便益

 わが国では電化の重要性は指摘されているものの、実際の取組については必ずしも十分に検討されていないことなどを述べる。また、電化を巡る議論が増加している背景を読み解き、脱炭素目標への対応、再エネ導入拡大との相乗効果、技術の進歩や便益の追求などへの期待があることを明らかにする。


2.1. 既往検討における電化の位置づけ

 既往検討における電化の位置づけを、日本、米国、欧州の順で概観する。

2.1.1. 日本

 政府や自治体の計画文書等において、エネルギー需要サイドの取組として電化に言及される機会が徐々に増えてきている。しかし、実際の取組については必ずしも十分に検討されていない。

第6次エネルギー基本計画

 2021年10月に閣議決定された「第6次エネルギー基本計画」では、政府として電化への注目を高めつつあることを読み取れる。

 例えば、2050年カーボンニュートラル時代のエネルギー需給構造に関して、「徹底した省エネルギーによるエネルギー消費効率の改善に加え、脱炭素電源により電力部門は脱炭素化され、その脱炭素化された電源により、非電力部門において電化可能な分野は電化される」とした。

 2030年に向けた政策対応に関しても、2018年策定の第5次では「徹底した省エネルギー社会の実現」としていた部分を、第6次では「需要サイドの徹底した省エネルギーと供給サイドの脱炭素化を踏まえた電化・水素化等による非化石エネルギーの導入拡大」とした。

 「電化」という語の登場回数は、改定により8回から29回へと増えた。

クリーンエネルギー戦略の検討

 2021年12月、岸田首相は所信表明演説において、気候変動問題への対応を説明する中で、「社会のあらゆる分野を電化させることが必要」と述べた。また、同演説でクリーンエネルギー戦略の策定を指示し、同月、経済産業省はそのための検討会合を立ち上げ、筆者らの一人も委員として参加することとなった。

 2022年5月にとりまとめられた「クリーンエネルギー戦略 中間整理」(経済産業省, 2022)では、エネルギー安全保障の確保に万全を期しながら脱炭素の取組を加速することを確認した上で、経済・社会や産業構造変革の方向性が示された。産業のGX(グリーントランスフォーメーション)の課題整理がされるなど、需要サイドでは産業部門に関する検討が多く、熱利用の高効率化・脱炭素化の政策の方向性の中で、低温熱源の脱炭素化に向けた産業用ヒートポンプの導入加速などについて触れられている。

省エネ法の改正など

 こうした方向性に沿った取組の検討も進められている。2022年6月に成立した改正省エネ法では、大規模工場のような特定事業者などに提出が義務付けられている中長期計画書や定期報告書において、非化石エネルギーへの転換についても記載を求められることとなった。

 省エネ法改正案の国会議論では、中小企業への働きかけも別途必要との指摘がされていた(中村ほか, 2022)。令和4年度補正予算により、中小企業向けの省エネ診断が拡充される。中小企業は脱炭素化や電化の対応が遅れており(向井, 2023b)、それらへの支援も求められるようになる。

 産業部門以外を見ると、電化、エネルギー転換、非化石化といった観点の動きが本格化しているとは言い難い。例えば、国土交通省が中心となってとりまとめた「脱炭素社会に向けた住宅・建築物における省エネ対策等のあり方・進め方」(国土交通省, 2021)の中で焦点があてられたのは省エネ対策の強化と太陽光発電の活用であり、環境省の炭素中立型社会変革委員会がとりまとめた「GXを支える地域・くらしの脱炭素」(環境省, 2022b)の中で投資促進対象として強調されているのは再エネ・省エネ・蓄エネである。

地域脱炭素

 2022年末時点で45の都道府県と市区町村を含む800以上の自治体が、2050年までに二酸化炭素排出実質ゼロに取り組むことを表明している4)。環境省は、その実現を目指す上でのモデルとなる脱炭素先行地域の募集・選定を進めている。このような機運の中、電化について言及される頻度は以前と比べれば高まっているが、取組があるとしてもEV関連が中心であり、熱分野が本格的に検討されることはまだ多くないのが実態である。

 「東京都環境基本計画」(東京都, 2022)は、2050年の脱炭素化に向けて「電化可能な分野での電化に加えて、高温域など電化が困難な分野においては、カーボンニュートラルメタンの活用など新たな技術の開発・実用化が必要」としている。一方、2030年までは「特に電気の脱炭素化によりエネルギーの脱炭素化を推進」することとし、熱の脱炭素化については「引き続き、制度・仕組みのあり方を検討」と述べるにとどめている。

 「横浜市地球温暖化対策実行計画(改定原案)」(横浜市, 2022)は、2050年に向けた方向性として最大限の省エネ・電化の推進について触れるとともに、「再生可能エネルギー等の導入等」を省エネや電化を含むものと定義し、市や市民はそれに努める責務があるとしている。2020年5月公表の「横浜市再生可能エネルギー活用戦略」(横浜市, 2020)では、省エネ・電化・再エネを仮定して2050年のエネルギー消費量等を試算していた。今後は、どのように実行計画や取組に展開させていくかが問われる。

 「第六次熊本県環境基本計画(2021~2025年度)」(熊本県, 2021)は、2050年ゼロカーボンに向けた戦略として、省エネの推進、エネルギーシフト、電気のCO2ゼロ化、その他のCO2の実質ゼロ化の4つを掲げている。また、「くまもとゼロカーボン行動ブック」(熊本県, 2022)では、このうちエネルギーシフトについて、「化石燃料の使用を減らし、CO2排出量の少ない電力等にエネルギーをシフトすることが、ゼロカーボンへの近道」とし、「節約にもつながる電気エネルギーなどへ転換」などと説明されている。このように説明されること自体も現状ではそう多くない。

公共施設

 このほか、庁舎等の建築物における燃料を使用する設備については、インフラのロックインがないように、「脱炭素化された電力による電化を進める、電化が困難な設備について使用する燃料をカーボンニュートラルな燃料へ転換することを検討するなど、当該設備の脱炭素化に向けた取組について具体的に検討し、計画的に取り組む」とされている(地球温暖化対策推進本部, 2022)。一方、これまでの取組は省エネ対策が中心といえる。

2.1.2. 米国

 米国では5年ほど前から、電化に関連する報告書が多数公開されている。戦略的電化(strategic elec-trification)、便益のある電化(beneficial electrification)、効率的電化(efficient electrification)といった表現が多用され、従来のように単に「電化」と表現するだけでは捉えきれない役割にも期待を寄せている。代表的なのは、電化は再エネ拡大にも寄与するという視点であり、需要側で蓄電・蓄熱等の電気利用技術を増やすことは電力系統の柔軟性を高め、変動性電源の利用拡大に資するとされる。

 また、そうした動きが省エネを重視する機関や環境対策に積極的な機関、研究者の間で広がっている点や、連邦政府や州政府、自治体の中で、熱分野の脱炭素化を含めて取組に着手する動きが出ている点も特徴的である。

連邦政府

 連邦レベルでは、バイデン大統領が就任した2021年1月から2022年末までの約2年間に、ホワイトハウスが公表したファクトシートのうち約100件が電化に触れている。

 2021年11月に成立したインフラ投資雇用法では、EV充電設備への投資などが盛り込まれた。

 2022年8月に成立したインフレ抑制法の中では、建物分野でのエネルギー・環境投資にも多くの予算が割り当てられ(上野, 2022)、同法の下で、低・中所得世帯向けの電化補助プログラム(high-efficiency electric home rebate)の実施に向けた準備5)なども進められている。

 公共施設についても、2030年までに既築建物の3割で省エネと電化を進める連邦建物性能基準を発表するとともに(The White House, 2022a)、電化と排出削減のステップとして、連邦建物の新築・大規模改修時に2003年比で9割の排出削減をする規則の検討に着手した(U.S. DOE, 2022a)。

 研究開発の面では、2050年の気候目標達成に向け、クリーンエネルギーのイノベーションを加速するための5つの優先事項を特定し、このうち2つは「効率的な建物冷暖房」と「ネットゼロ電力網と電化」としている(The White House, 2022b)。産業脱炭素化ロードマップ(U.S. DOE, 2022b)では、①省エネ、②電化、③低炭素燃料・原料・エネルギー源、④CCUSの4つの柱を掲げている。

 このように、連邦政府は電化の位置づけを明確にしながら、具体的な取組に着手している。

州政府や自治体

 連邦政府に先駆けて2019年頃から、野心的な排出削減目標を掲げた州政府や自治体の中に、熱分野の脱炭素化のために、建物の新築時に燃焼機器の設置を禁止する動きや、燃焼機器から電気式暖房・給湯機器へ代替する際の導入補助額を優遇するといった動きが見られるようになった(西尾・中野, 2020)。運輸部門でも独自のEV普及支援策を講じる例がある(向井, 2022)。それぞれ、本特集号の中でも触れる(中野・西尾, 2023;向井, 2023a)。

国立研究所

 National Renewable Energy Laboratoryは複数年にわたるプロジェクトElectrification Futures Studyを実施し、2017~2021年にかけて6つの報告書を公表した6)。具体的には、①需要側の電気利用技術のコストや効率の見通し、②需要サイドの電化シナリオ、③時刻別パターンなど電力需要の詳細分析、④電力システム分析の方法論、⑤発送電など供給サイドのシナリオ、⑥電化シナリオにおける電力システムについて順次検討してきた。

 Lawrence Berkeley National Laboratoryは、家庭・業務・産業部門における電化の便益とバリア障壁に関する報告書(Deason et al., 2018)や、産業用ヒートポンプの適用用途やバリアに焦点を当てた報告書(Jibran et al., 2022)などを公表している。

環境対策や省エネ対策に積極的な非営利団体

 環境対策に積極的な非営利団体として知られるNatural Resources Defense CouncilやRMI、Sierra Clubは共通して、脱炭素のためには供給サイドのみならず需要サイドの電化に直ちに着手すべきとの見地から、連邦政府や州政府、自治体への政策提言を積極的に行っている。

 省エネ政策を提言する非営利の研究機関として知られるAmerican Council for an Energy-Efficient Economy(以下、ACEEE)は、2018年に住宅の石油・プロパン機器をヒートポンプ技術に代替することによる効果や費用に関する分析結果を発表して以降、2022年末までの5年間に民生・運輸・産業部門の電化に関連した研究レポートを15件公表している7)

 ACEEEが主催する夏の省エネ研究会では、米国の研究者や政策担当者、政策評価者などから多くの発表がなされているが、産業が対象の2021年は約3割、建物が対象の2022年は約5割の予稿で「電化」の語が含まれるようになっており8)、省エネと電化が不可分なものになりつつあることを読み取れる。

2.1.3. 欧州

欧州連合(EU)

 欧州委員会は2020年に発表したエネルギーシステム統合戦略(EC, 2020)の中で、クリーンエネルギー移行を加速させるための行動計画を提示した。6つの柱として、①省エネ優先を中核とする、より循環型のエネルギーシステム、②再エネ主力の電力システムを基盤とするエネルギー需要の電化の加速、③脱炭素化が困難な部門のための水素を含む再生可能で低炭素な燃料の促進、④脱炭素化や分散型資源へのエネルギー市場の適合、⑤より統合されたエネルギーインフラ、⑥デジタル化されたエネルギーシステムと支援的なイノベーション枠組みを掲げている。

 2022年5月には、ロシア産化石燃料への依存を減らしながら気候変動対策を強化するための計画であるREPowerEU(EC, 2022)を発表し、省エネ対策の強化、エネルギー供給の多様化、再エネ普及の加速を掲げた。同計画は2030年の再エネ目標の引き上げも提案し、そのためにはヒートポンプの普及率を倍にする必要などがあるとしている。

 このことからもわかるように、欧州ではヒートポンプの熱源として用いる大気熱などを再エネ量として算定し、エネルギー自給率にも反映することで位置づけを明確にするだけでなく、具体的な取組につなげている(甲斐田, 2022)。

各国の動き

 英国は2021年、住宅・建築物を脱炭素化するためのアプローチをまとめた熱・建物戦略を公表し、ヒートポンプ補助を強化すること、2035年からガスボイラーの設置をフェーズアウトさせることを目指すこと、水素については2026年に熱源としての役割に関する戦略的決定をすることなどを示した(UK Government, 2021)。2025年に導入予定のFuture Homes Standardの検討では、新築住宅は直接排出源を極力排して「ゼロカーボン対応」させておくことの重要性が強調されている。こうした動きの背景には、政府に対して独立した助言を行う機関である気候変動委員会(CCC)が、住宅の実態が温暖化対策の長期戦略に合致していないと繰り返し指摘してきたことがある。

 ドイツは建物エネルギー法により、2026年以降、石油ボイラーの設置を原則禁止する。政策全体としては電化を推奨するというよりも、需要サイドの中でもこれまで取組が不十分であった用途への対策に乗り出したことが特徴的である。具体的には、燃料排出権取引法(BEHG)により、熱・輸送分野の対策を強化するための国内排出量取引制度(nEHS)が創設された。対象はガソリン・ディーゼル・燃料油・天然ガスなど燃料流通業者であり、2021年に開始され、当初5年は固定価格であるため、実質的には炭素税といえる。

 オランダは、既築建物の対策として、約350ある自治体の役割を重視している。各自治体に対して、建物の脱炭素化に取組む具体的な計画である「熱移行計画」を2021年末までに提出することを求めるなど、近隣地域やステークホルダーと協働しながら、熱分野の対策を進めるよう促している(中野, 2022)。各自治体は、地域や地区の特性を考慮しながら複数の手段の経済性を比較検討するなどして、熱移行に向き合っている。

2.2. 電化を巡る議論の増加の背景

 欧米などで電化を巡る議論が近年増加しているのは、それが脱炭素目標を達成する上で中心的手段であることに加えて、再エネの導入拡大と親和的であることや、電気利用技術の進歩やそれに伴うエネルギー面以外の便益の拡大があるためである。

2.2.1. 脱炭素目標への対応

 脱炭素目標への対応は、電化への期待が高まっている大きな要因である。欧米では、温暖化対策に積極的な政府や自治体ほど、2050年の脱炭素の実現可能性などを精査する段階で、供給サイドの脱炭素化と需要サイドの省エネのみでは目標達成できないリスクがあり、電化の早期着手も不可欠との認識を持つに至っている。代表例として、米国のカリフォルニア州や北東部の州、英国やオランダなどが挙げられる。

電源の脱炭素化を待つべきか

 電化を進める前に電源の脱炭素化を待つべきではないかとの指摘がされることはあるが、電化を先送りするとCO2削減機会を逸しかねない。

 第1に、電化は現状においてもCO2削減に寄与することが多い。ヒートポンプを例にとると、適用用途にもよるが、機器自体は1の電力投入に対して3~7程度の熱エネルギーを得ることができる。そのため、現状で火力発電の依存度が高くなっている日本の電源構成や送配電ロスを考慮してもなお、直接燃焼機器よりもCO2排出量を削減することができることが多い(例えば産業用については甲斐田(2020))。

 第2に、エネルギー設備を電化しておくと、電源の脱炭素時にゼロカーボンとなる。いわば電化は建物や設備をゼロカーボンレディにする手段であるともいえる。国際エネルギー機関は、「エネルギー効率が高いことに加えて、再エネを直接利用する、もしくは、2050年までに完全に脱炭素化されることになるエネルギー供給(例えば電力または地域熱供給)を利用するゼロカーボンレディ建物」の普及に向けて、規制強化などが必要としている(IEA, 2022a)。

 第3に、技術のロックイン(固定化)問題に伴う時間的制約に対する危機感がある。詳しくは3.2節で後述するが、エネルギー設備の寿命は往々にして長いため、電化できる機会はそう多くなく、その際も適切な技術選択ができなければ脱炭素化に向けて必要な対策は遅延するため、取組への着手を先送りできないとの認識がある。

 第4に、電化には電源の脱炭素化を支える側面もある。これについては2.2.2項で後述する。

電化以外の手段もあるのではないか

 多くのシナリオ分析において、直接的に電化することが困難な分野では、水素・CCUS・バイオマス等が一定程度の役割を果たすが(坂本, 2023)、これら以外の手段として、合成燃料もある。合成燃料の利用を社会全体でカーボンニュートラルなものにするためには、①使用後のCO2回収、②大気から回収したCO2を利用した燃料の合成、③ネガティブエミッション技術を用いた排出量の相殺などを用いて炭素循環を確立することが必要になる(吉岡ほか, 2021)。

 CO2と水素からメタンを合成するメタネーションには、既存インフラ・設備を有効活用できるメリットがある。上述の社会全体としての炭素循環の確立に加えて、安価な水素の確保も重要な前提になるため、どの分野でどの程度利用されるかはエネルギーシステム全体の複雑な相互作用の中で決まると考えられる。Blanco et al.(2018)は、欧州におけるPower-to-Methane(電力を用いたメタン製造)の貢献可能性をエネルギーシステムモデルで評価し、その利用が進むためには、合成効率が高くなるといった技術要因もさることながら、CO2貯留が利用できない・変動性再エネ電力の普及が進むといった他のシステム要因も大きく作用することを指摘している9)。Sheikh et al.(2019)は、米国・カリフォルニア州の脱炭素戦略を比較検討する中で、合成ガスや水素について、家庭部門の熱分野では再エネ電力をヒートポンプで直接利用するのと比べてシステム効率やコストに課題があるとし、脱炭素化がより困難な分野で利用する方がその価値を高められると指摘している。

2.2.2. 再生可能エネルギーの導入拡大

再エネ電力と電化の親和性

 電源の脱炭素化の中でも、再エネ拡大に係る背景として、主に3点を指摘できる。

 第1に、供給される電力のCO2排出原単位が小さくなるほど、電化の優位性は向上する。供給サイドと一体的な取組を進めていくためにも、いずれ原単位が大きく低下する可能性を考慮する必要があり、現在の原単位に基づく分析では、電気利用技術の将来価値を過小評価するおそれがある。付言すると、再エネ価格が十分に低くなるという仮定を置くことは、電気利用技術の費用対効果が向上するとみなすことに等しい。

 第2に、需要サイドにおける蓄電・蓄熱等の電気利用技術の普及拡大は、電力系統のflexibility(柔軟性)を高め、変動性電源の利用拡大に寄与することが指摘されている。例えば、EPRI(2018)は「乗用車、貨物、ヒートポンプやそれによる給湯、その他の多くの効率的な電化技術は、電力系統の柔軟性を高める可能性があり、PV・風力の発電比率が伸びるほど、その性質の価値は高まる」と指摘する。NEEP(2017)は、省エネと柔軟性向上を同時達成できる領域の熱源転換を戦略的電化と捉えている。カリフォルニア州を対象とするモデル分析によれば、電化を伴わない供給脱炭素化はCO2削減への貢献が限定的だが、電化を伴うことで再エネの統合が進む(Ebrahimi et al., 2018)。

 第3に、再エネ拡大により浮上しているデススパイラル問題を緩和する意味でも、系統需要増へのニーズが高まっている(Weiss et al., 2017)。これはエネルギーの浪費を肯定するものではなく、効率的な電化を通じて一定の電力量を確保し続けることで、電力インフラの固定費を健全に回収できるようになり、再エネ拡大の動きと協調的になるという考えであり、より詳しく述べると次のとおりである。

好循環を実現できるか

 電化は電力の供給サイドからみても、これまで以上に重要な意味を持つようになる。

 需要サイドの直接排出が多く残存したままでは、供給サイドで対応しようにも排出制約が極めて厳しくなるため、CO2限界削減費用の高い電源を利用することで電力単価の上昇につながる可能性がある。さらに、電化が進まない中では、人口減少などの影響も相まって電力需要は落ち込んでいくことが予想され、送配電システムを支えるのに必要な固定費の回収のために、電力単価の上昇圧力が一層高まる。これらにより、さらに電化の停滞につながるといった悪循環に陥ることが予想される。

 一方、電化が進展すれば、需要サイドの直接排出が抑制され、電力需要もある程度確保されることにより、供給サイドからすれば電力量あたりの排出係数でみた制約が幾分緩和されるため、電源構成の取りうるオプションが増える。送配電システムの固定費も回収しやすくなり、安定供給と再エネ普及を両立しうる環境となる。このようにして電力単価を抑制できれば電化もしやすくなり、社会全体で脱炭素化の好循環が期待できる。

2.2.3. 技術の進歩や便益の拡大

 本総説のここまでの部分や本特集号の所収論文等の多くでは、脱炭素の視点から電化について考えるが、電気利用技術や情報通信技術の継続的な進歩や、それらがもたらす便益の拡大は、利用者や社会全体の受容性を高める要因となる。

技術の進歩

 ヒートポンプ技術については、米国では寒冷地仕様のダクトレスタイプの普及が始まり、着実な技術進歩により、特に北東部州で費用効果的なオプションになってきたことなどが導入機運を高めてきた。欧州においても、ロシアによるウクライナ侵略を背景に、ロシア産化石燃料からの脱却も求められるなど、普及支援策が強化されているが、冷媒の開発をはじめ、もともと関心が高まっている状況にあった。

 近年の顕著な変化は、蓄電池や運転制御システムを含むEV関連の技術水準向上や、情報通信技術を活かしたライドシェアに代表されるサービスモデルのイノベーションにも多く見られる。シェアリングにより車の稼働率が上がることや、V2H(vehicle to home)やV2G(vehicle to grid)による付加価値の向上は、初期コストの高さというEVの欠点を補う可能性を秘める。

省エネ対策のエネルギー面以外の便益(non-energy benefits, NEBs)

 省エネ対策はエネルギーコストの削減をもたらすが、エネルギー面以外の便益(non-energy benefits, NEBs)をもたらすことも多い。わが国でも、健康維持がもたらすNEBsを考慮することで、高気密・高断熱住宅の投資回収年数が短くなるという研究知見(伊香賀ほか, 2011)が、省エネ政策を議論する際に引用されることが多い。

 これまでも国内外の多くの研究で、省エネ対策の意義をNEBsも含めて多面的に評価していくことで、需要サイドの技術選択に資する知見を提供できると指摘されている(西尾・大藤, 2018a)。

 中でもIEA(2015)は、300名以上の専門家の協力を得て、省エネ対策には、①エネルギーシステムの安全保障の向上、②経済の成長、③社会の発展、④環境の持続可能性、⑤繁栄の促進の5領域にまたがる14の便益があると整理した上で、省エネ政策に多重便益(multiple benefits)アプローチを適用することで、省エネポテンシャルへの理解が深まると結論づけている。

産業電化の生産性便益

 省エネ対策と同様に、電化にもNEBsが期待できる。例えば、Laaguidi et al.(2021)は、食品加工における赤外線加熱と鋳造工程における電気誘導炉活用のNEBsを考慮に入れることで、ライフサイクルコストの改善と採用確率の向上が期待できると指摘している。

 わが国で電化のNEBsに関する定量的分析はあまり行われていないが、定性的な指摘は多い。例えば、食品製造工場の温水供給設備をヒートポンプ化した事例では、CO2が69%減ったことに加えて、蒸気漏れなどのメンテナンス対応や蒸気供給申請対応の不要化、送水圧力の安定化、温水供給までの待ち時間の短縮などにより生産性が向上した(川口・藤本, 2019)。向井(2020)は、電気加熱の導入による省エネ効果や生産改善効果の評価事例を収集し、生産工程・運用保守・作業環境の生産性便益を技術別に整理している。

電化を通じた多面的な便益の追求

 もとをたどれば、電化が受け入れられてきた根源的理由は便益の追求である。1879年にエジソンが発明した白熱電球や、戦後日本で電化製品の三種の神器といわれた白黒テレビ・冷蔵庫・洗濯機に象徴されるように、電気利用技術はその高い制御性を活かして、利便性・安全性・快適性・生産性・効率性・環境性などを向上させ、豊かなライフスタイルをもたらしてきた。

 ヒートポンプ技術が冷蔵庫や空調、給湯、洗濯乾燥機、工場の加熱・乾燥工程などに、また、蓄電技術が携帯・小型電気機器、EV用、定置用などに使われているように、電気利用技術の応用範囲は広く、暮らしだけでなく製造業にも関わっており、今後も継続的な技術進歩が望まれる。

 このように、電化は需要サイドのエネルギー転換の一形態にとどまらない役割を担っている。省エネ、省コスト、CO2削減といった観点だけでなく、多面的な便益を追求するアプローチとして捉えていくことが重要になる。

3. 電化のバリアとその対応策

 電化は需要サイドの脱炭素化の中心的手段であり、多面的な便益も追求できる。一方、これまでの電化率の上昇ペースは十分とはいえず、期待だけでは必要な水準には到達しない。電化を進めるためには、そのバリア(阻害要因)の実態を把握することが重要であり、エネルギー機器は一度導入されるとロックイン(固定化)される傾向があることも念頭に、早めにバリアへの対応策を講じていく必要がある。

3.1. バリアの実態把握の重要性

 促進策を考える上で、電化と省エネは共通する部分が多い。どちらも期待どおりには進まないことが多く、検討の出発点としてエネルギー需要家などの意識や行動を分析し、その理由を明らかにすることが必要である。省エネバリアに着目する省エネ政策理論(若林・木村, 2009)は、電化について議論する上でも有用な基盤を与える。

省エネギャップと省エネバリア

 省エネやCO2削減の「ポテンシャル」にはいくつかのレベルがある。工学的視点では、コストを考慮せず技術的に最大限導入可能な量(技術ポテンシャル)を取り上げることが多い。これに対して、数年で元が取れるといった条件を加味した量(経済ポテンシャル)も議論されることが多い。しかし、経済ポテンシャルといえども、その実現を保証するものではない。なりゆきにまかせると、実際に市場で実現する量(市場ポテンシャル)は小さなものになってしまう。

 この経済ポテンシャルと市場ポテンシャルの乖離は「省エネギャップ」と呼ばれ、そのギャップを生み出す要因は「省エネバリア」と呼ばれている。省エネバリアの概念整理の代表的なものとして、情報不足、限定合理性、隠れた費用、資金調達力、リスク、動機の分断といった要因が指摘されている(Sorrell et al., 2004)。

 本来であれば実施されるはずの省エネ対策が、バリアを乗り越えられないがゆえに手つかずになってしまうことは、その対策を行わない個人や企業の損失であるのみならず、エネルギー安全保障や気候変動対策の面でのマイナスでもあるという意味で、社会的な損失である。経済合理的な対策であれば順調に実施されると安易に期待するのではなく、そのポテンシャルの活用に向けて、省エネバリアは何かを把握し、そのバリアを解消するための対策を講じることが不可欠である。

 このことは、電化についてもあてはまる。

電化バリアの特徴

 理論的基盤は共通であっても、電化バリアには省エネバリアと若干異なる特徴がある。

 省エネ対策には、省エネのための設定変更などの運用改善対策と、機器の入れ替えなどの設備投資対策がある。居間にエアコンと灯油ストーブの両方があるようなケースは別として、電化の多くは設備投資対策である。そのため、資金調達力や動機の分断といった投資関連のバリアの影響を特に受けやすい。エネルギーの日頃の使い方であればバリアを解消する機会はそれなりに存在するが、エネルギー設備の投資機会は10年に一度あるかないかである。

 加えて、設備投資対策の中でも、使用するエネルギーを変えずにエネルギー効率を高めるシンプルな省エネ更新と比べると、住宅や工場に一度設置されたエネルギー設備を電化することは、それまでのエネルギー利用のスタイルや生産プロセスを変更することも必要になるため、必ずしも容易ではなく、次に述べるようにロックイン(固定化)問題も生じやすい。このように、電化バリアの特徴に注目して実態を把握していくことが重要である。

3.2. 需要サイドにおけるロックイン問題

 ある製品やサービスが何らかのきっかけで市場の優位性を獲得すると、その優位性が、代替製品・サービスが利用可能になった後でも、長期にわたって固定化されることがある。こうした現象を「ロックイン」と呼ぶ。例えば、1882年発売のタイプライターに採用されたQWERTY配列は、より入力効率が高いとされる他の配列に置き換わることなく、今日のPCキーボードに受け継がれている。

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次報告書(AR6)第3作業部会報告書では、ロックインという言葉が200回以上登場し、その対象範囲はエネルギー供給インフラから民生、運輸、農林業まで多岐にわたる。

エネルギー利用機器のロックイン

 家庭用給湯機器もロックインしやすい技術である(西尾・大藤, 2018b)。新築時の採用シェアをみると、電化率は戸建て住宅で高まっている一方で、集合住宅では伸び悩んでいる。また、既築集合住宅における交換シェアを見ると電化があまり進んでおらず、交換前後の機器の比較からは一度導入された設備をエネルギー転換することは容易でないことがわかる。

 既築住宅の給湯電化が停滞している背景をひもとくと、第1に技術的側面として、設置スペースや重量、給排水配管、電源容量確保などの課題がある。第2に、組織的側面として、エネルギー事業者や機器販売者による顧客囲い込み戦略が成功した結果として、現状の構造が固定化していることに加えて、政策がそうした市場・業界構造に配慮しながら発展してきたことがある。その結果、漸進的改善はある一方で、CO2大幅削減に必要とされる非連続な変革が妨げられるおそれがある。第3に行動的側面として、利用者は故障や不具合が出てからその場しのぎの交換をしがちであり、販売者も同じタイプの機器を提案することが多い。

 したがって、技術代替を進めていく上で、給湯機器寿命の十余年ごとに訪れる機会に多くを期待するのではなく、建物寿命の数十年のサイクルを保守的に想定する方が現実的な見方であると考えられる。今後建築される住宅の多くは2050年にも利用され続け、新築時の技術選択が将来のCO2排出に与える影響は大きいという認識に立ち、温暖化政策を立案する必要がある。

 新築時点で対策を講じておくことの費用対効果は、後から改修するよりもはるかに優れている。ロックイン問題を考慮に入れると、新築時に電化をする、或いは、将来電化しやすいような準備をしておく必要がある。後者を「電化レディ」と呼び、中でも充電インフラを整備することを「EVレディ」と呼び、新築時の要件とする例が出てきている(中野・西尾, 2023;向井, 2023a)。

 工場でも同様に、熱源設備は一度設置されると配管などの既設ユーティリティーとも絡みながらロックインしやすい(戸田, 2019)。

3.3. バリアへの対応

 バリアが存在する中で市場だけに委ねていると、合理的な対策が取られないギャップが生じ、そのギャップはロックインするおそれがある。これを解消するには政策介入などによる対応が必要となる。

バリアに応じた政策手法の適用

 省エネバリアに着目する省エネ政策理論で示されているように、制限を含む強い動機づけが必要であれば規制的手法、費用面の問題を緩和しようとするなら経済的手法、情報不足などが問題であれば情報的手法といったように、バリアの性質や影響度に応じて取るべき手法は異なる。また、同じ技術でも複数のバリアを取り除く必要がある場合や、セグメントによって支配的なバリアが異なる場合があるため、複数の手法を組み合わせて用いることも多い。

 本特集号では、民生部門(中野・西尾, 2023)と運輸部門(向井, 2023a)については欧米の取組を手法別に整理し、産業部門(甲斐田, 2023)については技術開発と関連づけた論考をしているので、詳細は各稿を参照されたい。

個別政策手法の高度化

 脱炭素に向けて目指すべきCO2削減の水準は引き上げられる一方で、予算などのリソースは限られているため、手法の細部においても、従来の省エネ取組よりも難しい判断と高度な設計が求められる。

 一例として、米国カリフォルニア州が2021年に開始したTECH(Technology and Equipment for Clean Heating)イニシアチブでは、補助の高度化に向けて次のような要素が取り入れられている。

 第1に、支援対象技術の選定にあたっては、省エネ性能だけではなく、CO2削減などの長期的な目標との整合性も考慮する。TECHは、クリーン熱を謳っているように技術中立的であり、その上で、最良の利用可能技術はヒートポンプであるという判断のもと、既築住宅の電化を重点的に支援している。第2に、インセンティブの受給者は、技術採用プロセスにおいて影響力のある主体とする。従来の取組では商流の下流(downstream)にいるエンドユーザーにインセンティブを直接付与するのが一般的であったが、中流(midstream)にいる販売・設置業者の行動も住設機器の採用を左右しているという現状認識に基づき、それら業者に取り扱い実績に応じたインセンティブを付与することにしている。このようなアプローチは中流プログラムと呼ばれ、連邦政府も市場変革を促す費用対効果の高い手法として期待を寄せている10)。第3に、便益の一定割合は低所得世帯にもたらされるようにすることである。低所得世帯は光熱費の負担感が大きく、対策のために投資する経済的余裕もない実態を踏まえ、格差の拡大を防ぐために政策対応するものである。連邦政府が実施準備を進めている低・中所得世帯への電化補助プログラムも同じ考えに基づいている。第4に、評価のためのプロセスを組み込み、そのための予算もあらかじめ確保されていることである。実際の政策の効果や課題を明らかにし、改善につなげていくことが肝要である。

エネルギーにかかる負担のリバランシング

 電化バリアの解消に向けて、個別取組もさることながら、政策全体としての対応を要するものもある。

 主要テーマの1つはエネルギーにかかる負担のリバランシングである。再エネ電力を支えるための負担が電気料金に偏り続けると、たとえ電力をクリーンなものにしても需要サイドの電化のバリアになりかねない。再エネ普及を今後も支えていくにあたり、非化石化を進めることは脱炭素、さらにはエネルギー安全保障面で社会全体に裨益するという大局的な見地から、誰がどのように負担するかということは幅広に見直すべき時期に来ている。

 欧州委員会はエネルギーシステム統合戦略(EC, 2020)の中で、電力に適用される税や賦課金が相対的に高いことがクリーンエネルギー移行のバリアになっていることを指摘し、国際エネルギー機関もヒートポンプの普及バリアとして指摘している(IEA, 2022b)。

 この課題と対応オプションはRosenow et al.(2023)に詳しいが、具体的な動きとして、①英国は熱・建物戦略の中で、エネルギー価格のリバランシングの検討に着手する方針を提示、②ドイツが欧州連合域内排出量取引制度(EU-ETS)や燃料流通業者を対象とする国内排出量取引制度の収入の一部も充当して、2022年7月に再エネ賦課金を廃止、③上述のカリフォルニア州TECHイニシアチブの原資は排出量オークション収入であり、ガス需要家の費用負担のもとで電化支援、といったものがある。

 わが国では今後、成長志向型カーボンプライシング構想に基づき、石油石炭税と再エネ賦課金の減少する範囲で炭素賦課金と排出量取引の有償オークションを導入する予定だが、その際に負担のリバランシングを図らなければ、需要サイドでの化石燃料利用のロックインを招くおそれがある。

技術による対応

 電気利用技術のNEBsを高めていくことや、電力負荷の柔軟性を高めて需要家のコスト削減や電力系統に貢献することにより、電気利用技術の採用率を高めていくことも重要である。そのためには、技術開発・実証などを通じて、データ活用やデジタル化、エネルギーマネジメントの高度化、サービスモデルの構築などを支援していく必要がある。例えばエネルギーマネジメントは、従来は見える化機能の有効活用に実質的に留まるものが多かったが、センサデータやIoT機器なども増え、予測・学習技術や運用手法の進歩もある中で、それぞれの機器や建物、工場などで電力需給の状況にあわせて制御を高度化していくなど、改善の余地は大きく残されている。そうした技術は自然災害時などにおける自給自足性を高めることにもつながり、電化のバリアの1つであるレジリエンスへの不安を解消していく可能性も秘める。

4. 本特集号の構成と所収論文等の概要

 本特集号には全8編の論文等を所収する。それぞれは独立しており、用いる研究手法も異なるので、関心にあわせて読んでいただくのでも構わないが、相互の関連性を意識しながら全体を読むことで、より深い理解が得られる。特集号の構成と所収論文等の概要は以下のとおりである。

第1部 部門横断

 第1部では、部門横断的な分析に関する1編の論文(坂本, 2023)を所収する。ここでいう部門横断とは、第2~4部で取り上げる3つのエネルギー需要部門にまたがるものであり、付け加えるならば、供給部門を含むエネルギーシステム全体との関連で電化の位置づけを把握することができる。同論文は、世界中の研究機関が行った多数のモデル分析結果を鳥瞰した集合知によって、わが国のエネルギーシステム転換の輪郭を浮かび上がらせようとするものである。特に、2050年のネットゼロ排出実現時のデータセットを読み解くことで、結果に多様性はあるものの、電化への期待が高いという共通した傾向があることなどが明らかとなる。

第2部 民生部門

 第2部は民生(家庭・業務)部門を対象とし、4編の論文で構成されている。

 1つ目の山田・西尾(2023)は、約8千件の統計個票データを活用したモデル分析により、複数のシナリオ間で2050年にかけての給湯機器のシェア変化やCO2排出量、費用を比較する。電化を進めることで経済性を重視しながらCO2削減を相当程度進められることや、CO2排出量を大幅削減するためには、例えば設備がロックインしがちな集合住宅では、できるだけ早期に新築時からの対策を強化する必要があることなどを明らかにする。

 2つ目の西尾・山田(2023)は、給湯機器の利用者ではなく、その選定に関与する立場にある関係者30名へのインタビュー調査を通じて、給湯機器の省エネ・温暖化対策のバリアの実態にアプローチする。わが国がカーボンニュートラルを目指していることは認知しながらも、その対応を自分ごととして受け止めている人は少ないことなどを明らかにする。

 以上の2編は、家庭部門に起因するCO2排出量の2割を占める給湯機器を共通のテーマとしている。前者は将来にかけての機器採用戦略を経済性も考慮に入れて定量的に分析し、後者はその実現に向けて乗り越えなければならないバリアを定性的に分析するものであり、対を成している。

 次に、バリアへの対応についてである。これには技術的なものと政策的なものがあり、続く2編はそれぞれの例にあたる。

 3つ目の中野(2023)は、新築時の省エネ対策の目玉とされるZEH(net zero energy house)を取り上げ、レジリエンスの観点からアンケートデータの分析を試みている。分析対象はZEHであるが、ZEHは電化住宅比率が高い。電化住宅の選択をためらう理由として停電に対する不安をあげる人は多いが、PVや蓄電池などの技術はそうした不安を取り除く可能性を秘める。

 4つ目の中野・西尾(2023)は、欧米における建物脱炭素取組の先進事例とその示唆を述べる。ここでいう建物脱炭素とは、家庭・業務部門のCO2排出量を大幅削減することであり、バリアを克服するための規制・経済・情報的手法の最新動向を追う。わが国では例のない取組ばかりであり、熱需要や建物・設備の特性、制度環境などに違いはあるが、需要サイドの脱炭素への向き合い方については示唆がある。

第3部 運輸部門

 第3部では運輸部門を取り上げ、1編の研究ノート(向井, 2023a)を所収し、欧米の自治体による運輸脱炭素取組の先進事例とその示唆を述べる。既刊の当所研究報告書の概要を紹介した上で、わが国の地域脱炭素の最新動向なども踏まえた考察を加える。

 第2部最後の建物脱炭素取組と同様に、規制・経済・情報的手法のそれぞれについて述べるものである。そのため、この2編は連報として読むことができ、建物・運輸という切り口を変えることで脱炭素化のための取組を重層的に理解することができるだろう。

第4部 産業部門

 第4部は産業部門を対象とし、1編の論文と1編の研究ノートで構成される。

 向井(2023b)は、工場のエネルギー管理者など約900件へのアンケート調査により、電化のバリアを分析する。中小工場で脱炭素や電化の取組の検討が遅れていることや、電気による熱供給設備への認知不足を確認した上で、電気利用設備の導入が難しい理由として、設備費用の高さや追加導入場所がないことなどを示し、今後取り組むべき課題を整理する。同論文では、バリアの1つとしてエンジニア人材の不足も指摘している。

 甲斐田(2023)は、電化技術のうち産業用ヒートポンプに着目し、社会実装の課題と対応策を考察し、克服すべき課題として、技術の適合性、経済性、信頼性、導入検討を担う人材の不足を指摘する。そして、バリアを克服していくために、技術開発にとどまらず、普及に向けた取組を強化するという道筋を提示する。

5. おわりに

 本総説では、脱炭素化のために電化にどう向き合うかを論じてきた。

 電化は、需要サイドの直接排出を大幅に減らすための中心的手段であるだけでなく、再エネ導入との相乗効果がある、継続的な技術進歩を見込むことができる、社会経済に多面的な便益をもたらすといった特徴を有する。わが国では電化の重要性は指摘されているものの、実際の取組が必ずしも十分に検討されていないことは課題である。

 電化の適用可能性は分野ごとに異なり、それぞれ課題を踏まえながら詳細に検討する必要があるが、ここで提起したい共通の視点は次の4つに集約できる。

  • 2050年カーボンニュートラルの実現のためには、エネルギーの供給サイドだけでなく、需要サイドの各分野においても、脱炭素化に向けた道筋を示すべき。
  • 省エネや再エネ電力調達だけではなく、電化にも向き合い、その位置づけや具体的な取組のあり方について議論を深めていくべき。
  • 理想的な将来像やポテンシャルへの期待を示すだけでなく、現実のバリアを把握した上で、バリアの解消策を講じていくべき。
  • 電化はエネルギー転換の一形態にとどまらないものであり、多面的な便益を追求するアプローチとして捉えていくべき。

 わが国のエネルギー政策の基本方針は、安全性(Safety)を大前提とし、エネルギー安定供給(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境適合(Environment)を同時達成するS+3Eである。本特集号では脱炭素の観点から電化を取り上げるが、電化についても環境性に傾倒してバランスを欠くようなことはあってはならない。

 脱炭素化に貢献しながら、非化石化を進めることでエネルギー自給率を高め、化石燃料の輸入に国富を流出させるのではなく設備・インフラ投資に充てること、それにより、個人や企業のエネルギー関連支払額を削減するだけでなく、生産性向上による競争力強化や経済成長への寄与、健康で便利で快適なライフスタイルを実現していくことが、電化のあるべき姿である。

参考文献

  • 1)このほかに、工業プロセスの原材料使用や廃棄物焼却に伴う非エネルギー起源CO2が7%ある。
  • 2)同論文(Sakamoto et al., 2021)と本特集号に所収する論文(坂本, 2023)は、いずれも日本の排出削減シナリオを比較分析した研究であるが、前者はEnergy Modeling Forum 35 Japan Model Intercomparison Project(JMIP)の5つのモデルによる分析結果を比較、後者は世界の研究機関が気候変動に関する政府間パネル(IPCC)に提出したモデル分析結果を比較している。
  • 3)電化には、ヒートポンプやEVへのシフトのように電力をそのまま用いる「直接電化」と、水の電気分解で生成した水素を用いる等の「間接電化」がある。ここでの説明は、直接電化が困難という意味である。
  • 4)環境省.「地方公共団体における2050年二酸化炭素排出実質ゼロ表明の状況」, アクセス日2023.1.10.
    https://www.env.go.jp/policy/zerocarbon.html
  • 5)U.S. Department of Energy. “High-Efficiency Electric Home Rebate Program,” アクセス日2023.1.10.
    https://energycommunities.gov/funding-opportunity/high-efficiency-electric-home-rebate-program/
  • 6)National Renewable Energy Laboratory. “Electrification Futures Study,” アクセス日2023.1.10.
    https://www.nrel.gov/analysis/electrification-futures.html
  • 7) “by Type”で“Research Report”を選択、“Keywords”に“electrification”を入力してフィルタ検索した結果より。
    American Council for an Energy-Efficient Economy. “Publications & Resources,” アクセス日2023.1.10. https://www.aceee.org/publications
  • 8)予稿集を“electrification”でキーワード検索した結果より(参考文献なども含む)。具体的にはSummer Study on Energy Efficiency in Industry 2021では50件中17件(34%)、Summer Study on Energy Efficiency in Building 2022では407件中192件(47%)。
  • 9)同論文は、55のシナリオを分析した上で、主要8シナリオを抽出して詳細に分析している。Power-to-Methaneの貢献が大きかったのは“Optimistic”シナリオであり、その条件は、CO2削減率が95%と高い、CO2貯留が利用できない、メタン化のイニシャルコストが低い、太陽光・風力のポテンシャルが高いことに加えて、バイオマスのポテンシャルが低い、ガス価格が高い、電力のネットワークコストが高い、Power-to-Methaneの効率が高い、Power-to-Liquid(電力を用いた液体燃料製造)の効率が低い、SOEC(固体酸化物型電解セル)が利用できる、船舶の液化メタンガス効率が高いことなどである。なお、“Optimistic”シナリオにおいても、家庭部門の熱需要は主に電力で賄われたとしている。
  • 10) U.S. Department of Energy/Environmental Protection Agency. “Distributor-Focused Midstream Programs,” アクセス日2023.1.10.
    https://www.energystar.gov/products/retailers/midstream_programs

西尾 健一郎Ken-ichiro Nishio
電力中央研究所 社会経済研究所(兼)グリッドイノベーション研究本部

中野 一慶Kazuyoshi Nakano
電力中央研究所 社会経済研究所

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