電力経済研究 No.69

2023年2月

家庭用給湯分野の省エネルギー・温暖化対策のバリア
―賃貸住宅や機器選定の関係者へのインタビュー調査―

Barriers to Energy Efficiency and Global Warming Measures for Residential Water Heaters:
Interview Surveys with Actors involved in Rental Housing and Equipment Selection

  • キーワード:
  • 省エネルギー
  • カーボンニュートラル
  • 電化
  • ヒートポンプ
  • 給湯

要旨

脱炭素化社会の実現に向けては、家庭用給湯分野の対策も強化していく必要がある。そこで本稿では、給湯機器の利用者以外で、その選定に関与する立場にある人を対象とする2つのインタビュー調査により、給湯分野で省エネ・CO2削減を進めていく上での阻害要因(バリア)を把握する。賃貸住宅のオーナー・関係業者20名を対象とするインタビューからは、オーナーは光熱費削減メリットを享受しづらく省エネ型の採用動機に欠ける、賃貸住宅市場自体がコスト削減ニーズの強い環境下に置かれている、電気式採用時は貯湯タンクのスペース・重量対応が隠れた費用になる、正確なコスト比較機会が欠如しているといったバリアが明らかになった。給湯機器の販売・設置関係業者10名を対象とするインタビューからは、わが国がカーボンニュートラルを目指すこと自体は認知されているが、現場でのCO2削減ニーズ不足や行動主体としての納得感不足、省エネ対策と脱炭素化の関係性を理解することの難しさにより、カーボンニュートラル対応を自分ごと化して受け止めている人は少ないことなどが明らかになった。これら実態も踏まえながら、規制的手法・経済的手法・情報的手法のそれぞれについて政策への期待や課題を考察した。

1. はじめに

1.1. 背景

 脱炭素社会の実現に向けては家庭部門における対策の強化も不可欠であり、中でも給湯は、家庭のエネルギー消費量の33%、CO2排出量の24%を占める重要対策分野である1)。これまでも省エネルギー型給湯機器として、電気式のヒートポンプ給湯機(自然冷媒を用いたエコキュートなど)、燃焼式の潜熱回収型給湯器(ガスを燃料とするエコジョーズ、灯油を燃料とするはエコフィール)や家庭用燃料電池コージェネレーションシステム(エネファーム)の普及が進められてきた。今後の対策のあり方を検討するにあたり、普及シナリオ分析や技術評価、経済性分析などに加えて、機器選択の実態把握をしておくことは有益である。

 元他(2011)は、約4,200世帯へのアンケート調査により給湯機器の保有・導入実態を分析し、住宅選びにおける検討項目として給湯機器選択の優先順位は高くなく、十分な検討時間をかけずに設置・交換されてしまう場合が多いことを明らかにした。西尾他(2013)は、約2,700世帯へのアンケート調査により既築住宅における給湯機器の交換実態を分析し、戸建持家住宅向け市場の詳細分析からは、不具合や故障をきっかけとするその場しのぎの交換が多いことや業者の影響も受けやすいことなどを明らかにした。これら先行研究からは、給湯機器の省エネ・温暖化対策のあり方を検討するにあたっては、機器の利用者(エンドユーザー)のみならず、例えば住宅供給や機器設置・交換に関与する業者といった、機器選択に影響を及ぼす立場にある主体(アクター)にも着目して、対策の阻害要因(バリア)を把握していく必要があることがわかる。それにも関わらず、省エネ型給湯機器の採用に関する調査研究は、利用者を対象とするものばかりであった2)

1.2. 目的と研究手法

 本稿では、(1)利用者以外の行動が影響しやすい住宅セグメントの代表例として、賃貸住宅のオーナー(大家)・関係業者20名を対象とするインタビュー調査(2021年2~3月実施)、及び、(2)住宅セグメントを広げるとともに様々なアクターに注目すべく、給湯機器の販売・設置関係業者10名を対象とするインタビュー調査(2022年2月実施)を実施する。2つのインタビュー調査の実施要領は次章以降で詳述するが、ここでは研究の全体像をつかむために、それぞれの調査対象の選定理由や両者の関係性を述べる。

 前半のインタビュー調査で賃貸住宅に注目する理由は、わが国の住宅ストックの4割弱を占めることに加えて、給湯分野の対策余地が多く残されており、さらには、利用者以外のアクターが重要な役割を担うセグメントだからである。平成30年住宅・土地統計調査(総務省統計局)の分類にならえば、住宅戸数の36%は借家であり、建て方別には共同住宅の71%や一戸建の5%は借家である。大まかに理解すれば、賃貸住宅の約9割は集合住宅であり、集合住宅の約7割は賃貸住宅である(以降では文意に即して「集合」「賃貸」「集合賃貸」といった用語を適宜使い分ける)。集合賃貸住宅では、新築時における省エネ型給湯機器の採用比率が他のセグメントよりも低く、また、スペースや重量などの事情により、給湯機器は一度設置されると同じタイプのものに交換され続けることが多い(西尾・大藤,2018)。このようなロックイン(固定化)問題を考慮に入れた分析によれば、2050年のCO2大幅削減を目指すためには、新築集合住宅の対策強化は喫緊の検討課題である(山田・西尾,2023)。賃貸住宅の新築時に給湯機器がどのようにして選ばれるかについては、オーナーやオーナーを支える立場にある業者(非オーナー)が詳しいはずである。このように調査対象の住宅セグメントやアクターを絞ることで、省エネ型給湯機器の採用バリアを深掘り分析できるようになる。

 これに対して、後半のインタビュー調査は分析スコープを広げた。すなわち、住宅セグメントは賃貸に限定せず、調査対象者は給湯機器の設置・販売に関わるアクターとし、新築時の設置ばかりではなく既築住宅における交換も扱うこととし、省エネだけではなくCO2削減という社会要請の受け止め方も考慮することにした。前半の知見を調査設計に活かしつつ、その最大の課題は賃貸住宅向け市場に特化し過ぎていることも鑑み、後半は市場を限定せずに知見の拡充を目指すことにした。その一方で焦点がぼけるおそれもあるため、分析の補助線として、脱炭素社会への貢献意欲の高低と給湯機器の商流の上下関係という2軸を新たに設定した上で、ポジションができるだけ分散するように調査対象者を選定している。

 分析結果を解釈するにあたっては、次の2点に留意されたい。1つには、本稿は合計30名の限られたサンプルを対象とする定性調査として位置づけられるものであり、市場全体(母集団)の平均的な姿や分布を捉えようとする定量調査ではない。実際に、調査対象者の選定にあたっては、立場や考え方の異なるアクターを含むことを意識した。発言データは読みやすさを向上させるために一部修正することもあるが、定性調査の長所である具体性やニュアンスを大切にすべく引用部分を多くするとともに、対立するような発言も積極的に取り上げるようにした。もう1つには、調査対象者は経営者や従業員であるものの、本稿の調査手法上、所属企業の公式見解や平均的な意識・行動を述べている保証はなく、その発言データはあくまで個人的なものとして受け止めるべきである。正確性を優先するのであればフォーマルな企業ヒアリングが調査手法の候補になるが、本稿は多様性も重視するため、Web調査会社モニターの中から、予備調査で職業や業務経験などの詳細をたずねた上で、インタビュー調査対象者を抽出する手法を採用した。現実社会がそうであるように、担当者それぞれにスペシャリティや業務分担があり、すべての技術や政策を正確に把握しているとは限らないことや、時にはその必要がないことも考慮しながら解釈していく姿勢が求められる。

1.3. 本稿の構成

 本稿は2つのインタビュー調査で構成される。まず、2章では、居住者以外の行動が影響しやすい住宅セグメントの代表例として、賃貸住宅のオーナー・関係業者20名を対象とするインタビュー調査結果を分析する。具体的には、発言データを参照しながら、主な省エネバリアを順に述べた上で、規制的・経済的・情報的手法の3つにわけて政策への期待や課題を明らかにする。次に、3章では、住宅セグメントを広げるとともに様々な立場から見た実態を理解すべく、給湯機器の販売・設置業者10名へのインタビュー調査結果を分析する。2章では省エネ対策に注目するのに対して、3章ではCO2削減対策へと視野を広げた上で、2章と同様に政策への期待や課題を明らかにする。最後に、4章でまとめと考察をする。

2. 賃貸住宅のオーナー・関係業者へのインタビュー調査

2.1. 調査実施要領

 賃貸住宅でどのような給湯機器が採用されるかは、入居者のニーズだけではなく、オーナーやオーナーを支える立場にある設計・施工・管理者(非オーナー)の意識や行動にも左右される。そこで、機器選定の実態や、規制・補助などの各種政策への期待や課題について記述的エビデンスを得ることを目的として、入居者ではなくオーナー・非オーナーを対象とするインタビュー調査を実施した。

 まず、2021年2月12~15日に、インタビュー調査対象者を抽出するための予備調査を実施した。具体的には、調査会社(楽天インサイト株式会社)のモニターに対して、Web回答方式のアンケートを配信し、業種や業務、賃貸住宅への関与経験などをたずねることで、オーナーと非オーナーを各10名、計20名を抽出した。オーナーはマンション・アパートを棟単位で所有することを条件としており、非オーナーよりも関与物件は少なめ、年齢層は高めといった特徴を有する。一方、非オーナーは建設会社などの勤務者とし、設計と施工のいずれかには関与している。2006年以降に建てられた物件への関与経験がある人を抽出し、住宅設備選定に全く関与したことがない人は除外した。賃貸住宅の多い関東・近畿地方に在住する人が多い。

 次に、2021年2月28日~3月7日にかけて、オンライン・デプス方式(60分/名)のインタビュー調査を実施した。インタビュー対象者20名のプロフィールは図1 のとおりである。左右にオーナー(Ownerの通し番号としてO1~O10を付与)と非オーナー(Non-ownerの通し番号としてN1~N10を付与)をわけて示す。インタビューでは、賃貸住宅との関わり方や住宅性能、省エネ・温暖化対策などについてたずねた。本章では特に、オーナーが所有物件で省エネ型給湯機器を採用する上でのバリアについて分析していく。言うまでもなく、給湯機器は居住者のニーズも踏まえながら選ばれていくものであるし、居住者も含む社会全体での視点からのバリア分析も重要であるが、ここでは、賃貸住宅の給湯機器の最終決定者はオーナーであることを踏まえて、オーナーに注目することにした。実際には非オーナーの提案なども影響するので、調査対象者はオーナーだけではなく非オーナーを含むようにしている。

 ところで、脱炭素社会の実現に向けては、省エネ型給湯機器の中でもヒートポンプ給湯機に多くの期待が寄せられている。そのため、予備調査の中では、賃貸住宅に関わる上で「オール電化に積極的である」かを「とてもそう思う」から「まったくそう思わない」の5件法の選択肢でたずねており、電化積極層・消極層がほぼ同数となるように抽出している。同図の縦軸はその回答データに基づく。同じ理由により、省エネバリアを分析するにあたっては、電化の課題についても多めに扱うことにした。関与経験が複数ある場合、築浅物件について優先的に聴取した。

 なお、図中や以降の本文中では、オーナーのIDの横に賃貸住宅の管理形態を付記している。日本住宅総合センター(2019)の民間賃貸住宅オーナー300名への調査によれば、管理形態としては管理委託が55%、すべて自主管理が25%、一括借上げにより管理(サブリース等)が20%となっている。同調査によれば、賃貸住宅を購入した理由として、自主管理は不動産物件を相続・譲り受けた、管理委託では今後の安定収入を得る・事業収益をあげる、サブリースは今後の安定した収入を得る・将来の相続税対策のため、といった理由の割合が多い特徴がある。

 インタビューフローは4つのパートで構成され、具体的には(1)調査対象者のプロフィール(仕事の概要など)、(2)賃貸住宅との関わり(保有もしくは関与している賃貸マンション・アパート、重視している点と気になることなど)、(3)住宅性能について(住宅設備全体で重視している点や仕様の決まり方、台所用コンロ・給湯機器で重視している点や仕様の決まり方、その際における省エネに関する意識、その際における電化に関する意識など)、(4)エネルギー問題や温暖化問題について(現行政策の認知、脱炭素社会を目指すことの認知、賃貸住宅市場での対策アイデアなど)の順でたずねた。すなわち、賃貸住宅への関与経験という身近な話題から始めて、省エネ型給湯機器の採用バリアや関連する政策手法に関する話題へと徐々に掘り下げることとした。接触した情報が発言にバイアスを与えることを避けるために、インタビュー序盤において、こちらからは省エネ・温暖化対策に触れないこととした。住宅設備に対する考え方を様々な角度から引き出していくために、途中過程で台所用コンロについても簡単にたずねているが、本稿で注目するのは給湯機器である。

 インタビューはフローに基づき実施したが、2.2節で扱う省エネ型の採用バリアについては、バリアを1問ずつ聴取するといったように完全に構造化された方法で聴取したものではなく、インタビュー全体を通じて採用・不採用理由を掘り下げていく過程で浮かび上がる実態を、分析にあたり構造化したものである。2.3節では政策への期待や課題について考察するが、インタビュー過程で出てきた発言に加えて、インタビュー調査の最終盤においても、予備調査の自由回答欄の記入内容を参考に、脱炭素社会に向けて賃貸住宅分野で個人や企業が自主的に取り組むべきことや政策的に取り組むべきことのアイデアも例示するなどして、追加の発言を引き出している。

2.2. 賃貸住宅における省エネ型給湯機器の採用バリア

 以降では、主な発言データを引用しながら、インタビュー調査結果を分析していく。省エネバリアの体系的整理方法は様々あるが、本稿は西尾・岩船(2009)と同様に、省エネバリア研究の代表例であるSorrell et al.(2004)による6つの類型、すなわち、動機の分断、資金調達力、隠れた費用、リスク、情報不足、限定合理性に準じることにした。特に賃貸住宅というセグメントの特性に着目しながら、オーナーが所有物件で省エネ型給湯機器を採用する上でのバリアを明らかにしていく。

2.3. 動機の分断:オーナー・テナント問題

 「動機の分断」(split incentive)とは、複数のアクターが関わる際に省エネ対策の適切な動機付けがされない現象であり、「principal-agent問題」(IEA, 2007)として言及されることもある。特に賃貸契約が介在するときは「オーナー・テナント問題」と称され、光熱費をテナントが払う時に、その削減メリットを直接享受する立場にはないオーナーによって低効率機器が選ばれてしまうおそれがあることが指摘されてきた。

 インタビュー回答の中には、給湯機器は「ほぼガスで、全てエコジョーズ。会社のほうで仕様を決める。ランニングコストのこともあるだろうし、環境に配慮した形。入居者や株主に対して、そういう企業であるというところをアピールする目的もある」(N5 大手・設計)といったように、企業の方針上、初期コストをかけてでも省エネ型を選ぶという指摘もあった。一方で全体傾向としては、良い機器を選ぶことによって「家賃が上がればいいが、多分そんなに変わらない」(N8 大手・施工改修)、そうした状況下で「省エネ型にしない理由は単純にイニシャルコスト」(N9 地場・施工管理)といった判断に陥りがちであることがうかがえる。

 賃貸住宅で動機の分断が生じる様子を、LPガスを例に確認しよう。1990年半ばに建てたアパートで当初はLPガスを採用するも、約10年ごとに飛び込み営業をきっかけに都市ガス、LPガスと2度の切り替えをしたオーナーは、「ガス屋のサービスがすごく良くなってきている。プロパンに換わった時は給湯器もガスコンロも置いていってくれて、玄関の鍵も換えてくれた」(O5 サブリース)と経緯を振り返る。別のオーナーも、2010年代半ばに建てたアパートでは「都市ガスエリアだけどプロパンにして、その代わりにエアコンを無料でつけてもらった」(O10 管理委託)と指摘する。これら機器費用はLPガス料金の一部として回収される可能性があり、動機の分断が生じやすい構造にあることを認識しておくとともに、国も指摘している集合賃貸住宅のLPガス料金の透明化(資源エネルギー庁, 2017;資源エネルギー庁, 2021)を進めていく必要がある。

2.3.1. 資金調達力:コスト削減に対する強いニーズ

 本来であれば実施するのが望ましい省エネ対策であっても、資金調達力に限りがあるために実施されないことがある。ガス給湯器であれば潜熱回収型のエコジョーズは従来型と比べて省エネ性が高く、光熱費を抑えられるメリットを有するが、初期投資が増えることに対する許容度はオーナーの立場にも依存する。

 中には「今はほとんどエコジョーズ。メーカーは大体省エネ型が主流なので。今は省エネ型が高いというわけでもない」(N9 地場・施工管理)といったように、デメリットであるはずの初期費用も許容範囲であり、大企業では標準的な仕様になっているとの指摘がある。

 一方、賃貸住宅市場自体がコスト削減ニーズの強い環境下に置かれているため、初期投資を少しでも抑えようと省エネ型が検討候補から除外されてしまうことがある。例えば、「エコジョーズの方がちょっと高い。利回りをよくしようとすると普通のガス給湯器になる。家賃はガス給湯器の種類ごときで変わらない。デフォルトは普通の給湯器にして、オーナーの様子を見ながらエコジョーズを提案していく。デベロッパ相手にはエコジョーズを採用するのが当たり前」(N10 大手・設計)と述べるように、個人オーナーが関与する物件ではバリアになりやすい可能性が示唆される。小規模物件以外でも、「県営住宅は税金で建てているので浴室乾燥機もトイレの暖房便座もカラーインターホンもない。キッチンや給湯器はイニシャルコストが安いので基本的にガス」(N2 大手・施工管理)とあるように、公営住宅で初期投資削減ニーズが強い実態を指摘する。

2.3.2. 隠れた費用:スペースや重量への対応

 省エネ型給湯機器の中でもヒートポンプ給湯機については、「隠れた費用」(hidden cost)も課題になる。

 賃貸住宅における電気式給湯機器の不採用理由として、貯湯タンクのスペースや重量に関する言及が複数あった。具体的には、「水を貯めるから重たく、構造上大変で建設費が割高。1部屋半畳くらいスペースを取り、それだけ貸室面積が減る」(O7 サブリース)、「電化リフォームはIHだけなら良いが、給湯は床荷重の話になって置き場所が限られてくる」(O10 管理委託)といった指摘である。「ファミリーマンションならわからないがワンルームマンションだと」(Q8 管理委託)無視できないとの指摘もあり、貯湯タンクの隠れた費用は狭小賃貸住宅ほど相対的に大きな影響を持ち、面積あたりの単価が高い物件でもバリアになるだろう。仮の話としてエコキュート採用時に容積率が緩和されるとしたら影響があるかをたずねたところ、「建坪は増えるが、仕様が変わる可能性は上がる」(N5 大手・設計)といったように、状況次第で採用率が上がる可能性があることは示唆された。

 給湯機器は本体費用だけではなく、インフラ整備費用を追加的に要することがあるが、本インタビュー調査では、既築リフォームの経験談について掘り下げた分析ができておらず、新築時についても明らかな影響を把握することまではできなかった。例えば、都市ガスを利用するための費用を巡っては、「オール電化にするとガスを引き込まない時点で実はそんなには変わらない」(N10 大手・設計)、「低層で戸数が少なければ電気が良い。建築費はあまり変わらない。貸主にとっても電気とガスを別に引くとメンテナンス費用がかさむ」(N8 大手・施工改修)との捉え方がある一方、「県営住宅があるような所は栄えていて、元々都市ガスも通っている」(N2 大手・施工管理)といった指摘もあり、物件の立地条件や規模の経済性によって左右される部分がある。

 隠れた費用に関連して、バリアになるとは一概に言えないが、維持管理(メンテナンス)のしやすさも機器選定に影響を及ぼすことについて触れておく。オーナーは賃貸経営をするにあたり考慮すべき事柄を多く抱え、物件の維持管理にかけられる手間や労力には限りがあるため、住設機器に対しても維持管理のしやすさを期待する。あるオーナーは賃貸住宅との関わり方について、「基本的にはメンテナンスがなるべく少なく。色んな問題がでたら勤め人だから面倒。節税・相続対策というのがあるから、あまりとらわれたくない」(O8 管理委託)と述べる。その点では、電化住宅を採用した1番の理由を「管理、メンテナンス。電気の方が長持ちもする」(O3 サブリース)と評価するオーナーもいれば、「IHはメンテナンスとしては非常にいい。壊れないし、掃除も楽。エコキュートはでかいから交換も大変だし、壊れやすいというイメージもある」(O8 管理委託)といったように、機器によって異なる印象を抱くオーナーも存在する。初期費用のかかる機器ほど維持管理費用もかかるという考えもあれば、維持管理費の抑制も意識しながら仕様を決める場合もある。本インタビュー調査から明確な影響を見出すことはできないが、オーナーからは維持管理費について複数の言及があった点は指摘しておきたい。

2.3.3. リスク:不確実な入居率向上効果

 工場やオフィスなどで省エネ対策が実施されない理由として、生産プロセスやビル利用者に影響が及ぶ可能性があることや、事業環境の不確実性下では3~5年といった短い投資回収年数が求められることなどが指摘されることがある。賃貸住宅の給湯機器に関していえば、この類のリスクに関する直接的な言及はなかった。

 一方、賃貸住宅市場自体について日頃から気がかりなことをたずねると、「空室が長くなると不安が出て来る」(O2 自主管理)、「一所懸命やって入居率ほぼ100%を維持している。世間は三分の一空いているという話が出る」(O1 自主管理)といった反応が多く見られ、入居率の低迷は賃貸経営における主たるリスク要因の1つであることがわかる。このような観点から、「オーナーの1番大事なポイントは収支がどれだけ合うか、その中で1つの切り口として、スペックが高くて省エネになって借主の光熱費が下がるので、満足度が高まって空室率が低くなるといった話」(N7 大手・施工管理)を期待する声もあり、省エネ対策を実施することが入居率の向上手段になるという構造を作りあげることができるかも今後の検討課題の1つと考えられる。

2.3.4. 情報不足:正確なコスト比較機会の欠如

 オーナーは居住者ニーズも考慮に入れて省エネ型給湯機器を選ぶことができるし、省エネ型を採用したときに光熱費削減メリットがあることを居住者に訴求できる立場にある。一方、給湯機器の光熱費をどのように捉えるかは人によって異なる部分も多く、わかりやすく正確な情報の提供については課題が残されている。

 省エネ型給湯機器の中でも、ガス・石油式の潜熱回収型給湯器については従来型と比べてメリットがわかりやすいので、調査対象者には電気式について焦点を当ててたずねたところ、夜間電気料金の上昇や再エネ賦課金の増加なども相まって、電気省エネ型のランニングコスト削減メリットはかつてほど魅力的ではないという指摘が複数あった。例えば、「エコキュートで電化上手という契約にしているとすごく安かった。契約している人は引き続き安い値段でいけるが、新規で入ると値段が高い。オール電化だから安いイメージでやると、以前住んでいた家よりなぜこんなに高いんだということがある」(N3 個人・設計改修)、「東日本大震災まではエコキュートの方が安いというトークが成り立った。今そういったメリットもないので、コストパフォーマンスの点と場所の件も踏まえて、ほぼほぼ給湯器に関してはガス」(N7 大手・施工管理)という反応である。

 それでもなお、省エネ性能の高さや夜間電力を活用できること、エネルギー源が集約されることにより、どちらかといえば電化するほうが光熱費は抑えられるとの指摘はある。「居住者にオール電化っていいですねと言われる。一人住まいで都市ガスを使ってた方が結婚して2人になって、うちのアパートに来て、オール電化になったら、光熱費がこちらの方が安いと」(O2 自主管理)などであり、特にLPガスと比べて安価であるとの共通認識は形成されていた。

 コスト情報は利用可能であったとしても、実際に利用されるかという点の課題は残る。「初めて1人住まいする人だから、比較するものがない。立地と家賃で決めると思うので、ある程度仕様を落としてでも、家賃を下げる方が喜ぶような気がする」(O7 サブリース)との指摘が象徴するように、物件選びの際に光熱費が話題になりにくい側面は否めない。物件の光熱費よりも詳しい給湯機器単体の光熱費について、情報提供がされにくいことは想像に難くない。

2.3.5. 限定合理性:検討時間・労力に限りがある中での機器選定

 「限定合理性」(bounded rationality)とは、時間・注力・情報処理能力には限界があるため、省エネ機会が見逃されてしまう省エネバリアである。

 例えば一括借上げにより管理(サブリース)を利用しているオーナーは、サブリース会社の提案を受け入れがちであり、仕様へのこだわりが少なかった。具体的には、「本業をやりながら自分で管理できなかったからサブリースにした」(O7 サブリース)というオーナーは、サブリース会社が「ガスの方がいいと言ったからガスにした。それだけ」(同上)と振り返り、省エネ性能への関心も低かった。このような状況を、積極的に賃貸管理に関わるタイプのオーナーは、「みんなサブリースで放り投げているので、実際に設備がどうとか使い勝手は一切オーナーには」(O1 自主管理)わからないと批判的に捉える。オーナーの検討時間・労力には限りがあり、外部リソースを活用することは合理的であるが、そのような過程で省エネ型給湯機器が十分に採用されているのかは明らかでなく、今後の検討課題といえる。

2.4. 政策への期待や課題

 以上のような省エネバリアがあることを念頭に、政策への期待や課題について掘り下げていく。

2.4.1. 規制的手法

 現状のままであれば初期投資抑制が優先されがちであり、オーナーや設計側の行動を変えていくためには規制強化も一つの手段であるとの指摘は少なくない。無論、対応コスト増への懸念はあるし、採用者側ではなく機器メーカー側の問題であるとの捉え方も一部ではあるが、後述するように支援と組み合わせた規制強化であればそれほど強い抵抗感は示されなかった。また、光熱費を負担する立場にはないオーナーに省エネ性能を説明することを求める規制だけでは効果が限定的であることも示唆された。具体的な発言は以下のとおりである。

 規制的手法の中でも厳しい、仕様を制限するタイプのものに対して、「コストが上がる可能性が高いので、その辺の懸念はある」(N6 地場・施工管理)という反応はごく自然のものである。特に賃貸住宅では動機の分断や資金調達力のバリアにより、この懸念は大きくなる。一方、「規制が住宅にも及んできて、デベロッパが省エネ住宅を考えていかなければならないのだろうという認識がある。規制をかければできると思う。作る側にしても規制がかからないと、今のままずっと続くことになる」(N4 大手・設計)といったように企業の社会的責任として前向きに捉える向きや、「義務化は大変だが、間違いなく効果があるので政府が先導していかないと」(N10 大手・設計)、「結局は規制化しないとだめ。本当はそこをしたくないけど。借り手が安いところを探す傾向になれば流れ的には安いものを作らないといけなくて、そういうところから離れていってしまう」(N9 地場・施工管理)といったように、消極的ながらも受容する態度を示す調査対象者も少なからずいた。業者自らが規制強化を求める声は日常的にはそう多くないと想像されるし、インタビュー過程で出てくる個人的発言として受け止めるのが妥当であるが、変化のきっかけが不足している実態を映し出すものとしては十分であろう。

 規制的手法に分類されるものであっても、機器選定の自由は確保される説明義務についてはどうだろうか。建築物省エネ法のもとで2021年4月、300m2未満の原則全ての住宅・非住宅を対象として、建築士から建築主への省エネ性能の説明義務制度が開始されており、説明自体には情報的手法としての側面もある。本インタビュー調査は制度開始の約1か月前に実施されたため、その運用実態を把握することはできないが、次のような反応があった。「採用可能な省エネ対策は積極的に建築主に提案をしていくべき。かかる費用と費用対効果をきちんと説明して、やりたいというお客さんもいる」(N10 大手・設計)といったように、省エネ不適合状況や取りうる省エネ対策を説明することでオーナーに検討を促すものとして前向きに受け止める人はいる。一方、「丸投げする人と神経質に言ってくる人と二通りいる。金額はボンと上がるので、結局オーナー次第」(N3 個人・設計改修)、「(説明義務で仕様を良くすることは)省エネではそうはならない。最低限のところでクリアしようとする。当然コストの話。建物のデザインや見た目でグレードアップすることはあるが、省エネ関連で義務でないところまで踏み込むことはまずない」(N5 大手・設計)といったように、説明しても結局はコスト重視で判断されてしまうとの見方も少なからずある。オーナー側からも、「わざわざお金をかけて省エネ化しなくても良いと言うような気がする」(O6 サブリース)、「満たすためにどれくらいコストがかかるか考える。それをするのか他を削るのかという判断」(O9 サブリース)といったように、影響が限定的であることを示唆する声がある。

2.4.2. 経済的手法

 規制と補助・税制優遇が一体的に運用されることを望む声は多かった。賃貸住宅市場ではコスト削減ニーズが強いことも作用しているだろう。賃貸住宅の関与物件数が少ない調査対象者や、機器選定時に利用可能な制度がなかった調査対象者もいると考えられ、経済的手法の実態把握調査としては十分なものとはいえない点に留意すべきだが、これまでに補助・税制優遇を活用して省エネ性を向上させたという経験が語られることは少なかった。

 主だった指摘として、「デベロッパもお金が第一なので、違反したら罰則規定というのも大事だけど、規制や義務だけでは補いきれないところもある。そうなるとやっぱりお金でしょという気がする」(N2 大手・施工管理)、「ある程度の規制がかかると思うから対応するが、(CO2排出を)ゼロにするようなものを作るとなったら、それこそエコポイントどころではない補助をしてくれないと。国がオール電化工事費の100%を出すならばする」(N1 地場・施工改修)といった反応が多い。各種の給湯機器は十分に成熟していて、技術的には採用したくてもできないような類のものではなく、機能的にもお湯を供すること以上の差別化要素は少ないため、業者が省エネ機器を選ぶかは政策次第といった様相である。

2.4.3. 情報的手法

 2021年3月の国土交通省「住宅の省エネ性能の光熱費表示検討委員会」とりまとめに基づき、新築賃貸住宅についても住宅情報サイトなどで年間目安光熱費を表示する任意制度が導入される(とりまとめでは2022年10月以降とされていたが、2022年6月の建築物省エネ法の改正等も踏まえて、本稿執筆時点では導入時期を後ろ倒し3))。本調査時点ではその詳細は明らかにされていないことも手伝ってか、自ら言及する調査対象者はいなかったが、インタビュー過程でそのような検討がされていることにも触れると次のような反応が見られた。

 光熱費表示にどちらかといえば肯定的であったのは、電化住宅を扱う個人オーナーであり、例えば「オール電化のメリットが費用的にあるのかないのか、データとしてあるなら今後入居募集する時に有利になるのかもしれないが、賃貸の募集時には見たことがない。データとして提案できるなら今後の賃貸物件のオール電化も有りだと思う」(O9 サブリース)と述べる。一方、期待もありながら本音では不安という反応が全般に多い。例えば、「借り主は反応すると思う。その物件が省エネ的に優れていて、明らかに省エネ効果を発揮して年間の光熱費をかなり抑えられるという物件なら積極的に表示していきたい。トラブルは懸念される。何を基準にやっているのかという話になるので。額面通りに結果が出るのかは疑問。省エネ物件なら表示はしたいけど、そういう心配はある」(N9 地場・施工管理)と述べるように、考えを巡らせていくうちに、情報の正確性、クレームの心配、関心の欠如といった不安要素を思い浮かべるようになる。中には、「仮に比較サイトで光熱費表示を見て来たとしても、入居して自分の使い方を棚に上げておかしいじゃないかと言いかねない。理想的な数字しか出てこないから、我々としてはあまり良くない。トラブルの種を蒔いているようなもの。借り主に説明しても分からないと思う」(O10 管理委託)という指摘もある。

 以上の発言は、物件の光熱費と給湯機器単体の光熱費を明確に区別していない場合が多いと考えられることや、光熱費について具体的な情報に基づいてコミュニケーションするためのツールがこれまでなかったために想像に基づくことを踏まえれば、参考結果としての理解にとどめるのが妥当である。

 そこで、関連する現行取組からの考察を次に試みる。

 光熱費ではなく省エネ性能については、建築物省エネ法により2016年4月から販売・賃貸業者に対する建築物の省エネ性能の表示の努力義務があり、具体的にはBELS(Building-Housing Ener-gy-efficiency Labeling System)を建物本体や広告に付与できる(国土交通省, 2016)。他方、調査対象者に限ればBELSを認識している例は1名のみであった。そのオーナーも、「管理している物件でBELSを表示している物件はない。新築住宅でBELSをとったことはあるが、賃貸ではあまり聞いたことがない。借り主側もそこに何のメリットがあるんだという感じだと思う。認知されていないから、BELSって何?と。説明すれば分かるかもしれないが」(O6 サブリース)との反応である。このことからは、情報提供制度については、今後も実効性を高めるための工夫が求められると推察できる。

3. 給湯機器の販売・設置関係業者へのインタビュー調査

3.1. 調査実施要領

 前章の賃貸住宅が象徴するように、給湯機器が選ばれる過程においては、利用者だけでなく業者も重要な役割を果たす。業者といっても、住宅供給者の立場から設備の1つとして給湯機器を扱う人、エネルギー事業者の立場から需要側技術として給湯機器を扱う人、メーカーに近い立場から商材として給湯機器を扱う人、施工業者として給湯機器の設置に関わる人など、商流の中には様々なアクターがいる。そこで機器選定の実態や、各種政策への期待や課題について記述的エビデンスを得ることを目的として、給湯機器の販売・設置業者へのインタビュー調査を実施した。

 まず、2022年1月17~24日に、インタビュー対象者を抽出するための予備調査を実施した。具体的には、調査会社(株式会社マクロミル)のモニターに対して、Web回答方式のアンケートを配信し、業種や業務、直近1年間の給湯機器の販売・設置台数などたずねることで、設置・販売に関与する10名を抽出した。

 次に、2022年2月5~8日にかけて、オンライン・デプス方式(60分/名)のインタビュー調査を実施した。インタビュー対象者10名のプロフィールは図2 のとおりである(前章との区別もできるようにWater heaterの通し番号として右上からW1~W10を付与)。なお、予備調査の中では、給湯機器の設置・販売に関わる上で「脱炭素社会の実現に向けて積極的に貢献していきたい」かを「とてもあてはまる」から「まったくあてはまらない」の5段階の選択肢でたずねており、同図の横軸はその回答データに基づく。縦軸は商流に基づくおよその分布である。

 インタビューフローは4つのパートで構成され、具体的には(1)調査対象者のプロフィール(仕事の概要など)、(2)住宅設備機器の販売・設置との関わり(取り扱っている住宅設備機器、事業の中での位置づけ、給湯機器などの販売・設置実績、典型的な関与事例、業者としての選好やその理由など)、(3)カーボンニュートラルなどの認知・理解状況(エコキュートや電化に対する印象、エネルギー問題・温暖化問題による事業影響、現行政策の認知、「カーボンニュートラル」「脱炭素社会」の認知など)、(4)政策の印象(温暖化対策の強化が求められていることや今度の取組のアイデアへの印象など)の順でたずねた。前章の調査と同様に、住宅設備機器の販売・設置への関与経験という身近な話題から始めて、給湯機器との関わり方、選好や理由、政策手法に関する話題へと徐々に掘り下げる、インタビュー序盤においてこちらからは省エネ・温暖化対策に触れない、インタビュー全体を通じてバリアを同定していくといった点を意識した。

3.2. 給湯機器の販売・設置関係業者にかかる省エネ・温暖化対策のバリア

 以降では、主な発言データを引用しながら、インタビュー調査結果を分析していく。2.2節の実態把握では省エネバリアに着目したのに対して、本節の実態把握では、商流と脱炭素に着目しながらインタビュー結果を述べる。

3.2.1. エンドユーザーとの関わり方:ニーズや制約にあわせた状況依存的対応

 エンドユーザーは経済性や交換に伴う不便さの回避などを重視し、業者はそうしたニーズや制約にあわせて対応することが多く、基本的には状況依存的といえる。

 本章の調査対象者の中には、前章のテーマであった賃貸住宅のオーナーも1名だけ含まれており、動機の分断が生じてしまうおそれを、「ガス代は入居者が持つので省エネしてもインセンティブがない。導入費は僕が持つがランニングコストは入居者が払うので、社会全体の効率がいいということと私の効率がいいというのはイコールではない」(W8 不動産賃貸)と端的に述べる。とはいえ、調査対象者全体を見渡すと、エンドユーザーにとっての経済性も考慮事項の1つになっている。例えば、「エンドユーザーのニーズは昔から変わらない。快適になればと電気代を安く」(W10 設備工事)、「光熱費は一生掛かってくるので、できるだけ抑えたい。お客様の話を聞いてイニシャル重視かランニング重視か合ったものを売っていく」(W3 都市ガス供給)といったように、ニーズにあわせる様子がわかる。

 新築住宅における給湯機器の選定は、エンドユーザーが電化住宅を志向するかにも左右されやすい。例えば、「エコキュートはオール電化にマッチする。物自体も50~80万円で買えるため手が出しやすくなっている。非常時の貯湯機能があり水が使えることも推しているため、エンドユーザーが良さを理解しやすい」(W1 大手ハウスメーカー)といったような採用経緯がある。

 既築住宅では、光熱費削減が交換の理由になることもある一方、故障・不具合をきっかけとする急ぎの交換も多い。「壊れたから替える、ガス代が高いから安くしたいというのが大きい」(W9 住設卸売)というのは、業務範囲が広い業者の声である。賃貸住宅に限れば、「既存物件での交換のきっかけは、90%以上は入居者が管理会社にお湯が出ない、壊れたと言ってくる。ほとんど修理はせず、すぐに交換する」(W8 不動産賃貸)といったように、急ぎの交換が典型的という指摘もある。

 スペース制約をどの程度受けるかは新築と既築とで異なる。「新築する時に基礎工事から関われるなら、場所さえあればエコキュートにしようということになるが、交換では今まで通りガス給湯器になる。周辺の住宅地は家と家の間の路地がかなり細く狭いので、外に大きな貯湯設備を置くエコキュートは難しい」(W7 中小家電店)と指摘されているように、業者が関わるタイミングや立地条件にも依存する。

3.2.2. 事業戦略:業者の意向にも左右されがちな機器選定

 業者が機器選択にどのように影響を及ぼすかについては、自由選択型、業者推奨型、業者判断型というおよそ3つのパターンに分類できると考えられる。このうち業者推奨型と業者判断型においては、業者の意向次第で機器選定結果が左右される。

 自由選択型では、業者は特定の機器にこだわることなく選択肢を幅広く提示し、求められるものを販売・設置する。その対応は分け隔てないものであり、「ガスを推す、エコキュートを推すというのはない。あくまでもニーズに合わせて提案。お客様は得になる、元請けも提案して喜ばれる、自分たちも売上があがる、と全員にとってメリットがある形で単価を上げられるのが理想」(W9 住設卸売)、「まずお客さんの希望を聞く。エコキュート、ガス、石油の3つから選んでもらう。最近は石油はなくて、エコキュートが7割、ガスが3割くらい。選択肢を出してそれぞれのメリット・デメリットがあるという話をした上で、お客さんに選んでもらう」(W5 工務店)といった具合である。

 業者推奨型では、業者が特定の商材を薦めることで、エンドユーザーの機器選択に影響を及ぼす。電化を好む例としては、「オール電化を提案するので8割くらいはエコキュート、残り2割はアパートを含めてガス給湯器。エネファームはあまり出ない、うちがあまり推していないのもあるが」(W1 大手ハウスメーカー)、「ガス工事の資格はあるが率先してガス設備を売ってはいない。自分の好きな商品でないと売らないので。ガスにあまり魅力を感じていない。キャンプでも電気系で火をおこす」(W10 設備工事)といったものである。その反対に、「うちで取り扱っているものならガス給湯器」(W3 都市ガス供給)というようにガス機器に専念する業者もいる。ハウスメーカー勤務でエネファームを推奨することが多い別の担当者は、「最初から給湯器まで何にしようと思って来る人は多分いない。話を聞いて初めてどうしようかなとなる。こちらの提案で選んでもらうことが多いかな」(W6 中堅ハウスメーカー)とエンドユーザーの機器選定への影響力があると述べた上で、業者としての選好が形成された経緯を「電力会社と都市ガス会社と付き合いがある。ガス屋の方が営業を掛けてくる率は断トツ高い。ガスが50回来るのに対して、電力は1回とかのレベル。我々も営業なので、来て使ってくださいと言われると、使いたくなってしまうというか情が湧くというか。それも多少は影響してくるかな」(同上)と振り返る。

 業者判断型では、賃貸住宅や建売住宅において給湯機器の選択肢が早い段階で絞り込まれる。例えば、「賃貸住宅ではオール電化への切り替えは進んでいない。そもそも収益目的で建てているから、オーナーは土地に対して目いっぱい建てたい。給湯設備に場所をとることは、部屋が小さくなって家賃収入が減ることに直結する」(W8 不動産賃貸)といった様子は、前章でも分析したとおりである。また、「建売業者があまりエコキュートは入れていない。駐車場の場所が減るので」(W7 中小家電店)といったように、賃貸住宅だけではなく建売住宅でも隠れた費用や動機の分断が生じるおそれがある。

3.2.3. 技術:「省エネ型」で得られる着実な効果と安心

 電気式であればエコキュート、ガス式であればエコジョーズやエネファームといったように、いずれのエネルギー源もラインナップの中に「省エネ型」機器を持つ。効果の違いこそあれ、光熱費削減のニーズに一定程度応えられる状況にあるのは望ましいことである。例えば、「エコキュートが向いているのはガス代が高い家、プロパンの地区は特に。ガスに払っている金額に対して、どれくらいでペイできるかを計算した上で提案する。お湯なので感動が少ない。電気代とガス代を比べると格段に安い」(W10 設備工事)、「エコジョーズはメーカーの話だとガス代がお得になる。メリットを提案しやすい。リフォーム屋にも分かってもらえるし、よほどの人でなければエンドユーザーにも伝えられる」(W9 住設卸売)、「エネファームは光熱費とかで返ってくるものが大きいから勧めやすい」(W6 中堅ハウスメーカー)といった具合である。

 このように節約・省エネニーズに応えられることで得られる肯定感により、CO2削減にも一定程度寄与しているという認識が形成されていくものと推察される。これは省エネの観点では着実な前進であるが、CO2を大幅削減するためには効率改善のみならず電化も検討する必要があるという問題意識を持ちにくくさせてしまう側面も否めない。この点については3.2.4項でも関連発言に触れながら分析する。

3.2.4. カーボンニュートラルの認知:自分ごと化されていない現状

 カーボンニュートラル(CN)社会の実現を目指すとされていること自体は認知されているが、自分ごと化して受け止めている調査対象者は少なかった。次に述べるように、その背景として(1)現場におけるCO2削減ニーズの不足、(2)行動主体としての納得感の不足、(3)省エネ対策と脱炭素化の関係性を理解することの難しさが浮かび上がった。

 第1に、少なくともこれまでのところ、現場でCO2の話をされることはないに等しく、自ら話を持ち出すほどのニーズは感じられない状況にある。「施主に直接聞かれるのは、いくら安くなるのか。/例えば、この商品に替えたら何本の木の削減ができるのかという質問は、今までに一度もされたことがない」(W9 住設卸売)、「お客さんは脱炭素は気にしない。日頃のお金だと言う奥さんが多い。/脱炭素への関心がないのがベース。それよりもお客さんの生活で安心できるならいい。その結果、脱炭素につながったと。無理に脱炭素だからこれを買ってくださいと勧める気はない」(W10 設備工事)と指摘する。

 第2に、CO2削減は他の主体・手段の課題として捉えるなど、行動主体としての納得感が不足する。例えば、「住宅でカーボンニュートラルを目指すのは結構難しい。給湯器をこれ以上効率よくできるかというと限度がある。地球環境を考えると一番いいのは、太陽光を付けるとかになってくる」(W6 中堅ハウスメーカー)といったように他の優先的課題を思い浮かべる、「脱炭素になる給湯器の原料は電気。今どうしているかというと、石炭もしくは液化天然ガスで作っている」(W9 住設卸売)といったようにエネルギー供給業者の問題として捉える、「私の仕事レベルではない。おそらくもっと大きな事業レベル、大規模な工場でCO2削減ならあると思う」(W10 設備工事)といったように大企業の問題として捉える、「給湯器のCO2なんて知れていると思う。牛のゲップの方がひどいと聞いた」(W7 中小家電店)といったようにエネルギー以外の検討課題として受け止めるといったものである。

 第3に、給湯分野の省エネ対策をできる範囲でやればよいという考え方が、CN対応も見据えた対策にアップデートすることを難しくさせる。「ガスが脱炭素に向けて逆方向に進んでいるわけでもなく、それはそれでいい。ガス・石油関係でも二酸化炭素ゼロにはならないだろうが抑えることはできるだろうと思うので、そちらの技術が進めばいい」(W4 大手ハウスメーカー)、「もっと少ないガスで燃焼するとかシャワーでもいいヘッドが出てきている。使っている時間が短かったら省エネ。そちらを一所懸命やった方がいいと思う」(W7 中小家電店)などである。

3.2.5. カーボンニューラルに対する態度:対応意向と不安

 さらにインタビューを進めていくと、CN対応に前向きな声から不安や懸念を指摘する声まで様々な反応があった。

 CN対応は自社の戦略に合致するという認識のもと、期待を寄せる業者も中にはいる。「ZEH(net zero energy house)の情報をお客様もつかんでいる。いい設備を入れ、環境にも貢献し、補助金ももらおうというので人気。補助金という国の政策が絡んできて、追い風が吹いている状況」(W1 大手ハウスメーカー)、「元からオール電化、太陽光発電や床暖房を勧めてきた会社。今、社会に合致した。先見の明があったのかなと」(W4 大手ハウスメーカー)などである。

 いざとなれば商材構成を変更可能という業者も存在する。「影響は多少あると思うが、そんなに。売るものがAからBに替わるくらいで、そこまでは変わらないと思う」(W9 住設卸売)、「うちはお客さんに頼まれて付けるだけなので、使う製品が駄目なら他を使うだけ。全体としては変わらないのではないか」(W2 工務店)といったように、商材に対する選好が元々そこまでない場合、心理的なハードルは低い。

 一方、関連産業への影響を懸念する声も多く聞かれた。「ガスの方がいいと言うお客様も一定数はいるのでなくなることはないと思うが、以前に比べて件数が減ってきているとは感じる。電気の方がCO2の削減率が高いと思う人も多く、そちらに流れていく傾向になるのかなと思う。電気などもやるようになって、どんなお客様にも対しても、どの機器でも提案できるような、そんな会社になっていく必要があるのかな」(W3 都市ガス供給)というように、複雑な思いを持つ人は多いだろう。「ガス業者やガソリンスタンドにとってはデメリットでしかない。地方は特に、昔からの近所の付き合いもあると思うので、いろいろ難しい」(W10 設備工事)、「ガソリンで動く車をずっと勉強して覚えてきた人は、急に電気自動車に変わっても対応できない。それが給湯器にも当てはまる。うちとしては取引先を替えるだけだが、そういう人たちのことも考えないといけない」(W2 工務店)、「急いでやられて景気が悪くなるのが一番嫌。中小企業は言われた通りの設備投資はできない。その人たちが困って、いろんなものを作れないようになると、連鎖のように私たちの所にも来る」(W7 中小家電店)といった反応があった。このほかにも、住宅単価が上昇して売れなくなる、人手が必要になるといった心配の声はある。「売る側の営業からすると、お客様の予算は変わらず、補助金も出ない中、(基準だけがどんどん高まって高価な機器などを)付けていきましょうと言われるのはしんどい」(W6 中堅ハウスメーカー)、「ガス給湯器なら運搬も取り付けも一人で簡単にできるが、エコキュートは空でも70、80kgなので運搬は二人いないと無理」(W10 設備工事)といった声である。

3.3. 政策への期待や課題

3.3.1. 規制的手法

 関連規制として建築物省エネ法が広く知られているため、給湯機器単体というよりも住宅レベルのエネルギー消費性能向上をイメージしながら規制について話す対象者は多い。このときに、「大手にはそれだけの体力があるし、推進して業界を引っ張っていかなければいけないという自負もあるし、どんどんやるべき」(W1 大手ハウスメーカー)との肯定的な反応がある一方、「各省庁が毎年のように告示したり法律を変えている。それに付いていくのが面倒」(W5 工務店)、「これを付けなければいけないというのがあると、予算に合わなくてやめると言われることの方が多くなってきている。規制されると営業妨害レベル」(W6 中堅ハウスメーカー)といったように、抵抗感も根強く残る。

 一方、給湯機器に焦点をあてる規制を想像しながら、「最後は国が半強制的に決めるのではないか。CO2排出量の多い機器は販売できないように規制するみたいに」(W2 工務店)、「規制は正直どちらでもいい。メーカーは売れなくなったら、そのうち廃盤にするだろう」(W9 住設卸売)、「(CO2排出量の多い)機器はもう売らないというなら、僕らも何も言えない。メーカーが頑張って作り、一気に変わる」(W5 工務店)、「規制でメーカーが作らなくなるということであれば、理解せざるを得ない」(W8 不動産賃貸)といったように、消極的ながら受容するという態度は少なからず観察された。

3.3.2. 経済的手法

 よく知られた経済的手法である補助について、「住宅エコポイントを使ったこともあるし、補助はあるならありがたい」(W2 工務店)、「うちとしては物が売れる状況になるのでメリットはある」(W9 住設卸売)といったように、期待する声は多い。将来のことを想像し、「CO2排出量の少ない機器への交換を促す補助制度を充実させるのが一番いい。同じ金額なら、みんなそちらに替える」(W5 工務店)との指摘もある。他方で、「補助金はよいが一時的なもの。あるうちに販売の方向性を変えて、なくても全ての家で普及を済ませてしまえるような体制に会社も変えていかないと」(W4 大手ハウスメーカー)という指摘もあり、市場変革につながるかが本来重要であることを問いかける調査対象者もいた。

 ところで、以上のやり取りは、わが国における典型的な補助制度、すなわち、エンドユーザー(下流)向けの支援策についての発言である。本章の調査は商流にも着目するものであるため、補助が販売・設置業者(中流)向けであればどのように感じるかもたずねたところ、「ヒートポンプ給湯機を付ける割合を昨年度から今年度で何%増やすと、プラスアルファで国から補助がもらえるとなれば、会社としてもどんどん付けろという話にはなると思う」(W6 中堅ハウスメーカー)、「業者向けの補助もメリットはある。その分売れるようになるので」(W9 住設卸売)、「今までエコキュートを扱っていない業者に対する補助がでたら、電気も扱うことになれば積極的に売っていこうという話になると思う」(W3 都市ガス供給)という肯定的な捉え方もあった。一方、「卸売業への補助は社員の懐には入らない。エンドユーザーと直接関わるリフォーム店やハウスメーカーにするか、エンドユーザーにするかのどちらか」(W9 住設卸売)、「全部利益にしてしまえという会社もあるだろうし、お客様に還元しようという会社もある」(W6 中堅ハウスメーカー)、「1台につきいくら加算とかが早いのかな。そうすると不正受給が出てくるので、なんともいえない」(W10 設備工事)、「補助金だけもらって機器は横流しするような人が出てくる。性悪説でものを考えた方がいい」(W7 中小家電店)との懸念事項を指摘する声もあった。従来のようなエンドユーザー向けの補助とは異なり、業者向けの補助については想像で回答している点に留意する必要があるが、業者のメリットになるか、適正な運用が図れるか、エンドユーザーにメリットが還元されるか、エンドユーザーに訴求できるか、結果として市場変革につながるかといった点が解決すべき課題になることが示唆された。

3.3.3. 情報的手法

 本調査は2022年2月に実施したが、2021年10月には給湯機器の省エネラベルを変更する告示が施行された。この変更は、エネルギー種別を問わず星の数で省エネ性能を比較できるようにするとともに、年間目安エネルギー料金を表示するようにするものであり、2023年3月末までは従前の省エネラベルも使用できる状況にあった。インタビューを進める中で変更後のラベル例も提示し、その印象を聴取したところ、「省エネラベルは説明するのに役立つと思う。星印で評価が出るから」(W2 工務店)、「ランニングコストは電気の方が安いのかなと思うので、光熱費の比較を出すとエコキュートを選ぶ人が増えるのかなという気がする」(W3 都市ガス供給)との指摘があった。一方で、「省エネラベルは別に興味ない。ない時代から販売している。家族構成、子どもの年齢、女の子なのか男の子なのか、地域柄、電力会社の契約内容などによっても違う」(W10 設備工事)との否定的な反応もあった。これらは前章で確認した賃貸住宅関係者の反応に似ている。

 商流にも注目する観点から、業者向けの情報提供についても印象をたずねた。「タンクのコンクリートの基礎を補強しなければいけないという知識が、地場工務店だと薄いかも。そういう補助情報があるといいかも。エコキュートに対して抵抗のある高齢な職人さんにメリットや施工の簡単さを教育すべきかな」(W1 大手ハウスメーカー)、「エコキュートの施工講習を充実させるべきと思うのは、これから普及するから。施工方法はその時によって変わるので、知っていた方がいい」(W2 工務店)、「新しい商品だと施工トラブルが増えるので、そこは必要かなと。現場で作業している人も高齢化が進んでいる」(W9 住設卸売)という期待の声はあった。また、行政が信頼できる業者に関する情報提供をすることへの期待や課題についてたずねたところ、「自治体Webページなどで認定工務店の一覧を紹介することも効果があると思う」(W5 工務店)との期待もある一方で、「認定工務店の一覧は多分見ないと思う。Webに掲載したところで載っているのかくらい」(W2 工務店)、「認定をしたところで施主はそこまで見るのかと」(W9 住設卸売)との否定的な反応もあった。

4. おわりに

 脱炭素化社会の実現に向けては、家庭用給湯分野のCO2排出削減対策も強化していく必要がある。対策のあり方を検討するにあたり、普及シナリオ分析や技術評価、経済性分析などに加えて、機器選択の実態把握をしておくことは有益である。利用者を調査対象とする既往研究により、給湯機器は業者による選択や提案の影響も受けやすいことまでは指摘されてきたが、その実態は十分には明らかにされてこなかった。給湯機器は一度設置されると同じタイプのものに交換され続けることや、例えばスペースや重量などの事情も関係するといったバリアの推察まではされてきたが、機器選定の関係者への調査は十分にはされてこなかった。

 そこで本稿では、給湯機器の利用者以外で、その選定に関与する立場にある人へのインタビュー調査により、家庭用給湯分野で省エネ・CO2削減を進めていく上での阻害要因(バリア)を把握するとともに、政策への期待や課題を明らかにすることにした。

4.1. 主な結果

 給湯機器の利用者以外の行動が影響しやすい住宅セグメントの代表例として、賃貸住宅のオーナー・関係業者20名を対象とするインタビュー調査を実施(2021年2~3月)した上で、住宅セグメントを広げるとともに様々なアクターに注目すべく、給湯機器の販売・設置関係業者10名を対象とするインタビュー調査を実施(2022年2月)した。得られた主な結果は次のとおりである。

(1) 賃貸住宅における省エネ型給湯機器の採用バリア

 賃貸住宅の仕様の最終決定者であるオーナーは、省エネ型給湯機器を採用するにあたり、次のような課題を抱えている。オーナーを支える関係業者もそうした事情を勘案しながら行動するため、他のセグメントと比べて対策が進みにくい構造にある。

  • オーナーは光熱費削減メリットを直接享受する立場にはないため、省エネ型を採用する動機に欠けるという「オーナー・テナント問題」がある(動機の分断)。
  • 賃貸住宅市場自体がコスト削減ニーズの強い環境下に置かれているため、初期投資を少しでも抑えようと省エネ型が検討候補から除外されてしまうことがある(資金調達力)。
  • 利用するエネルギーによってはインフラ整備費用が上乗せされたり、電気式は貯湯タンクのスペース・重量対応が貸室面積減・建築コスト増という追加負担になることがある(隠れた費用)。
  • 省エネ型を採用することが、賃貸住宅経営で重視される入居率の向上手段になるという確証がない(リスク)。
  • 給湯機器にかかる光熱費についての認識がまちまちである、光熱費情報が利用可能だとしてもクレームをおそれて提示することをためらうなど、正確なコスト比較機会が欠如している(情報不足)
  • 賃貸住宅経営にあたってサブリース方式を使うこともあるように、オーナーは省力化を図る必要があり、検討時間・労力に限りがある中で機器選定が行われることがある(限定合理性)。
(2) 給湯機器の販売・設置関係業者にかかる省エネ・温暖化対策のバリア

 今後、省エネ対策をアップデートし、CO2削減という目的も併せ持つものにしていくためには、次のような点を踏まえた検討が求められる。

  • エンドユーザーは経済性や交換に伴う不便さの回避などを重視し、業者はそうしたニーズや制約にあわせて対応することが多く、基本的には状況依存的といえる。
  • 業者にはそれぞれの事業戦略があり、エンドユーザーに幅広い選択肢を提示する業者もいる一方、推奨する選択肢が限られている業者や、賃貸住宅や建売住宅で選択肢を早期に絞り込む業者もいる。
  • 省エネ型を採用することは着実な効果をもたらす一方、CO2を大幅削減するために何をすべきかという問題設定をさせにくくしてしまう側面がある。
  • 現場でのCO2削減ニーズ不足や行動主体としての納得感不足、省エネ対策と脱炭素化の関係性を理解することの難しさにより、カーボンニュートラル対応を自分ごと化している人は少ない。
  • いざとなればカーボンニュートラル対応できるという認識の人もいるが、解決すべき課題としてコスト負担や関連産業影響への対応などがある。
(3) 政策への期待と課題

 本稿の調査対象者は立場上、個別政策の詳細に精通している必要はない点にも留意すべきだが、今後の政策への期待や課題として次の点が示唆された。

  • 規制的手法:規制強化を望むわけではなく、影響を懸念する声もある。一方、CO2削減のために利用可能な給湯機器が限定されるならば対応するだけである、そのようなきっかけがなければ市場は変わらないだろうと想像するなど、消極的ながらも受容する態度は少なからず観察された。
  • 経済的手法:補助制度の認知度は高く、規制と一体的な支援に期待する声は多い。販売・設置事業者への補助の可能性をたずねたところ、期待する声もある一方で、商流・社内構造により価格反映されなかったり、エンドユーザーへの訴求力に欠けるおそれがあることも課題として指摘された。
  • 情報的手法:省エネラベルの認知・活用度は高くなく、給湯機器の目安エネルギー料金や住宅情報サイトにおける目安光熱費の表示は期待感にばらつきがある。業者向けの情報提供としては、施工技術などのノウハウ共有などのニーズがある可能性は示唆された。

4.2. 今後の課題

 最後に、家庭用給湯分野における今後の課題について、3つの考察を加える。

給湯機器の省エネルギー対策と温暖化対策の融合

 省エネ型給湯機器を選ぶことでランニングコストが削減できるというメリットは広く理解され、給湯機器の利用者や関連業者はそれぞれの形で省エネ対策に取り組んでいる。わが国が2050年カーボンニュートラル宣言をしていることや、発電のための化石燃料利用を減らす必要性などは認識されている。一方、業者としての立場から関わりを持つ給湯機器に関して、従来の省エネ対策を上回る行動がすぐにでも求められると受け止めている人は少なかった。太陽光発電とヒートポンプ給湯機を備えた住宅に触れることで脱炭素化を想像しやすくなる例はあったが、全体としてみれば、省エネ対策のみでは建物脱炭素化が難しいという認識は共有されていない。このようなギャップを埋めていく上では、カーボンニュートラルを実現する上で必要となる給湯機器構成や対策の経済性(山田・西尾,2023)などについて議論を深めていく必要があるだろう。

給湯機器の選択に影響を与えるキーアクターへの注目

 賃貸住宅のオーナー・テナント問題が典型的であるように、アクターは立場によって異なる判断基準を持つため、社会全体でみれば経済合理的な対策も個別レベルで実施されるとは限らない。扱うテーマにより効果的な政策介入ポイントは変わるが、給湯機器の選択でいえば居住者だけでなく業者の意識や行動が大きな影響を持っていることに注目する必要がある。例えば、米国・カリフォルニア州ではヒートポンプ補助プログラムの実施にあたり、商流の中流にいる設置・建設業者にインセンティブを付与することとした(中野・西尾,2023)。キーアクターを特定することで、そのような検討も可能になると考えられる。

政策の実効性評価や改善提案に向けて

 本稿からは、給湯機器関連の政策の中には課題も残る可能性が示唆された。一方、限られた対象・件数のインタビュー調査であることには留意すべきであるし、個別の政策の効果について深掘り分析をしていないのは本稿の限界である。実態把握によりキーアクターの意思決定構造を理解した上で、政策の実効性を評価し、改善策を検討していくことは有益である。

謝辞

 3章のインタビュー調査は、環境省「令和3年度民生部門における脱炭素化対策・施策検討委託業務」(委託先:みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社)の一環で実施したものである。関係諸氏に対して謝意を表す。なお、本稿の全体目的にあわせて、分析内容を一部アップデートしている。

参考文献

  • 1)環境省の「令和2年度家庭部門のCO2排出実態統計調査」(家庭CO2統計)より、「自動車用燃料」を除いて算出。エネルギー消費量は最終エネルギー消費量。
  • 2)給湯機器に限らなければエンドユーザー以外も調査対象とする既往研究として、管理会社・管理組合・建材会社・施工会社などの関係者6名へのインタビュー調査と管理組合理事60名へのアンケート調査により分譲集合住宅における各種省エネ改修の課題を明らかにする研究(小島他, 2012)、建築主8名と建築士8名へのインタビュー調査と建築主100名のアンケート調査により注文住宅取得プロセスの現状と課題を明らかにする研究(伊丹他, 2019)、大阪府の賃貸住宅オーナー5名へのヒアリング調査により賃貸経営の現状を述べる研究(岡市, 2017)などがある。一方、エンドユーザー以外への調査により省エネ型給湯機器の採用の課題を明らかにしようとする研究は、筆者らの知る範囲ではわが国ではない。
  • 3)詳細は国土交通省「住宅の省エネ性能の光熱費表示検討委員会」Webページの補足(令和4年7月20日追記)。
    https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk4_000176.html(アクセス日2022.12.21.)

西尾 健一郎Ken-ichiro Nishio
電力中央研究所 社会経済研究所(兼)グリッドイノベーション研究本部

山田 愛花Manaka Yamada
電力中央研究所 社会経済研究所

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