電力中央研究所

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電気新聞 でんき論壇

イベリア半島大規模停電からの示唆

電力中央研究所 理事長 平岩 芳朗

 電気事業の黎明期、「エジソンの直流」VS「テスラの交流」の電流戦争を経て、交流送電方式が世界に広まった。19世紀末、130年程前のことである。その後も電力需要の増加と関連技術の発展と共に電力システムは拡大・進化してきた。そして今日、自然変動の非同期電源(以下、インバータ型電源)が大量に下位系統に連系され、電力システムは安定運用面で質的変化が生じつつあり、技術的対策等の検討が必要である。

 大型の同期発電機は、慣性力・同期化力や、周波数安定化のガバナーフリーや電圧調整の自端制御機能を有し、通常、系統運用者の指令に基づく出力調整が可能である。一方、太陽光発電等パワーコンディショナー(PCS)によって系統連系されるインバータ型電源は、分散型で大量に普及する一方、余剰電力対策の出力制御を除けば系統運用者の制御対象外である。我が国では地域により軽負荷期の晴天日昼間は系統に連系する発電機に占めるインバータ型電源の比率が8割以上となる状況が増えている。また、太陽光発電のうち配電系統に連系されるものは7~8割にのぼる。

 供給力と調整力の確保による需給バランス維持のみならず、ITやデータセンター等の需要が拡大する中、電力品質の確保も重要である。電力システムの運用上生じる様々な不確実性と、リソースの調整能力等の変化を踏まえた対策を、遅滞なく検討しておく必要がある。

 本年4月28日、太陽光や風力など再生可能エネルギーを積極的に導入しているスペインやポルトガルを含むイベリア半島全域で大規模停電(以下、本停電)が発生し、6月中旬にスペイン政府とスペインの送電系統運用者REEから各々報告書(以下、報告)が公表された。本稿は本停電の原因と対策の解説を目的とするものではないが、インバータ型電源の系統連系が増加し同期発電機の連系が減少するスペインでの大停電に至る状況と対策は、同様に太陽光発電などの系統連系が増加する我が国の電力システムの安定性維持を検討する際の貴重なレッスンとなる。

 大規模停電は、電力需要に対し供給力が大幅に不足する(=周波数が維持できない)状況を通常思い浮かべるが、本停電では事前の供給力は足りていた。報告では、停電の第一の要因は「電力系統での無効電力※1のアンバランスによる系統電圧の上昇とこれによる連鎖的な電源等の停止」とされた。本停電の特異な点は、適切な電圧制御ができず大停電が引き起こされたことである。

 電力システム改革の検証等において、供給力と調整力の確保は主要テーマとして議論されてきた。中長期には計画的な電源等の開発・更新、容量確保と燃料調達が、運用段階では調整力の確保とメリットオーダー運用(電源の起動・停止を含む)などがあるが、いずれもエネルギーや発電出力(有効電力)の話である。

 一方、電圧・無効電力等の調整能力確保の問題は、系統連系する電源が同期発電機が主体で、インバータ型電源が少ない頃はあまり表面化しなかったが、本停電により、系統安定化に必要な電圧調整能力等の確保の重要性が改めて示された。電圧が適正に維持されないと発電機やお客さま設備が正常に機能しないおそれがあり、最悪のケースでは系統解列する。電気事業法において、一般送配電事業者は電圧及び周波数の維持に努めなければならない旨が規定されている所以(ゆえん)である。

 同期発電機は端子電圧が一定となるよう、界磁電流の制御により無効電力の供給・吸収を調整する機能(AVR、動的電圧調整能力)を有する。一方、インバータ型電源は、現状は電源出力が一定力率となるよう有効電力出力に応じて無効電力の供給・吸収を調整する制御(APFR)であり、系統電圧に応じた無効電力の調整がなされない。

 本停電当日は軽負荷期の晴天であり、火力等の動的電圧調整能力を持つ電源の並列台数は停電直前(12時30分ごろ)は11台と今年最小であり、前日のコンバインドサイクル電源のトラブルで減ったが、REEは問題ないと判断していた。また、停電直前に系統連系電源の約7割を占める太陽光や風力発電などはインバータの定力率運用であり、電圧調整能力は限定的であった。

 広域的系統動揺は本停電の重要な背景要因ではあるが、系統動揺への対応等に伴う電圧状況の悪化に対し、動的電圧調整能力を持つリソースが不足し、系統運用者は火力発電機の追加並列を決定したが、起動時間から停電発生には間に合わなかった。

 電源の必要容量が確保されても系統安定性に寄与するのは系統連系された発電機である。事前に「どのような能力がどれだけ必要か」を的確に評価し、十分な能力を確保し実運用で確実に利用できるようにすることが重要である。その際、発電機の起動に要する時間や速度等の制御性や、起動失敗やリソースの計画外停止等の運用上起こりえるリスクも考慮して、間に合うタイミングで並列させる発電機を選択する必要がある。調整力のコスト低減のプレッシャーから系統運用者が系統並列させるべき発電機を削減することはあってはならない。

 「電圧・周波数・同期安定性」の相互の影響も考慮する必要がある。また、上位系統の電源だけでなく小規模電源も含めて、基幹系から配電系までの電力システム全体でどのように能力を確保・提供するかという視点で、各種リソースから適切に能力を提供することを要件化するグリッドコードの策定が重要である。適切な系統電圧維持のため、高低圧連系の再エネを含めてリソースの電圧調整能力をより積極的に活用することも検討する必要がある。電力広域的運営推進機関のグリッドコード検討会では、電圧変動対策等(主に高低圧連系)の検討は、フェーズ2′(2030年を待たずに要件化)およびフェーズ4(必要に応じ検討時期を設定して検討する)で予定されている。

 報告では、分散型電源の挙動が影響を及ぼしたことも示された。1メガワット未満の電源はREEの再エネ中給(CECRE)の監視対象外であり、電源出力はREEから直接監視できず、出力低下や停止は需要の増加や潮流の変化として現れるに過ぎない。スペインは自家消費の太陽光発電を「2030年までに19ギガワット」とする目標を掲げており、2024年末で8.5ギガワットの容量とされる。本停電時には、初期に起こった三度の上位系統電源の脱落よりも前の時点で、REEから見えない1メガワット未満の電源や自家消費において約1ギガワットの出力低下・停止があったとされる。また、下位系統からの無効電力の流入も指摘されている。

 分散型電源や自家消費(Behind the Meter)に関する適切な把握と系統連系技術要件の再確認も必要である。我が国では、軽負荷期昼間を中心に、火力発電機の並列台数減少や下位系統からの無効電力流入の増加により、基幹系統の電圧が上昇する傾向にある。同期発電機の進相運転や送電線停止などの運用対策や設備対策が行われているが、これらの運用対策には同期安定性や信頼度の低下のリスクがあり、インバータ型電源による電圧・無効電力調整の強化等、他の対策をより活用することを検討していく必要がある。

 設備からの能力提供や、系統事故時等の連系設備の挙動を迅速に把握・分析し、系統安定性維持に必要な能力を適切に確保するためには、常時の系統各所の電圧・周波数等の時刻同期のとれた高頻度計測(例えばPMU〈同期フェーザ計測装置〉による計測)が有用である。再エネ大量導入等を踏まえ、電力中央研究所は一般送配電事業者等と協同で、PMUの設置と活用による運用高度化の検討を進めている。検討の一例として、Behind the Meter発電機を含む、エリアごとの系統慣性を把握するシステムの開発が挙げられる。

 インバータ型電源の下位系統への連系増加と同期電源の系統連系減少により、電力システムは安定運用面で質的変化が生じつつある。発電と需要・送配電の各リソースが電気物理の法則の下、一体となって挙動し、適正な周波数と電圧の維持が不可欠である「生身の電力システム」の安定性確保に向けて、技術的対策等の検討が重要である。またこうした新たな対策コストを適切に評価し、各電源を電力システムに受け入れるための統合コストに反映していく必要がある。 

図2
図1

※1 電力システムのコモンセンス7「有効電力と無効電力」(電気新聞 2024年12月4日)

電気新聞 2025年9月22日掲載

※発行元の一般社団法人 日本電気協会新聞部(電気新聞)の許可を得て、記事をHTML形式でご紹介します。

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