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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(246)
原子力発電所における津波災害に対するリスク評価のあり方とその活用は?

福島第一原子力発電所事故の教訓

福島第一原子力発電所事故の主な要因は、巨大津波により敷地・建屋内が浸水して電源が失われ、原子炉を冷やす機能を失ったことである。設計時の想定を超える津波高さに対するプラントの脆弱性、すなわち「残余のリスク」が露見した。

プラントに内在する将来のリスクを捉える技術

「設計想定を超えた津波が襲来した場合のプラントに内在するリスクの全容を把握する」ための道具である、津波に対する「確率論的リスク評価(PRA)」の技術を紹介する。津波に対するPRAでは、将来原子力発電所に到達する津波高さとその頻度(確率)を定量化する(①ハザード評価)。これを踏まえ、津波が到達した際に被害を受けると事故に繋がる可能性がある安全上重要な系統、構築物、機器(SSC)を同定するとともに、それらが被害を受けても、事故を緩和するSSCが機能するかしないかで何が起こるか(事故シナリオ)を分析する。次の段階では、機能の維持/喪失が事故シナリオに影響するSSCに対し、津波の高さに応じた影響(浸水・没水、波圧・波力、漂流物影響等)による損傷確率を定量化する(②フラジリティ評価)。そして、SSCの津波被害に加え、人的操作の成功又は失敗の組合せにより、原子炉の冷却機能が失われることで原子炉の炉心の露出又は過熱によって生ずる燃料の損傷(炉心損傷)に至る頻度を定量化する(③事故シーケンス評価)。さらに、炉心の著しい損傷を引き起こす過酷な事故に至り、原子炉を覆う格納容器が破損する頻度及び環境に放出される放射性物質の種類、放出量を定量化する(④ソースターム評価)。これら①~④の評価により、設計時の想定を超えた津波の襲来によって起こりうる事故に繋がる原子力発電所の残余のリスクを含む弱点を見出すことができる。また、津波高さごとに事故のシナリオを分析することなどにより、事故に至らせないために何をすべきかの洞察を得ることができる。加えて、福島第一原子力発電所事故以降に実施された炉心損傷や格納容器の破損などの重大な事故を防ぐ様々な対策の効果を定量化することができる。

不確実さを定量化

自然現象である津波の対策を考える場合、例えば、千年に一度に起こる可能性がある地震による津波高さを想定した場合、現実に原子力発電所に襲来する津波高さには、不確実さが生じる。PRAは、このような不確実さがある事象を評価し、リスクを定量化することができる技術である。不確実さは、偶然的なものと認識論的なものに体系的に分類され定量化される。前者は偶然に支配される物理量等の予測不可能な不確実さ(例:津波波源の地震規模がばらつくこと)を、後者は知識や情報が不足している事によって生じる不確実さ(例:津波波源の地震規模のばらつきの幅がどの程度か)を表す。PRAを用いたリスク評価では、過去の経験及び現在の知見に基づき、将来起こりうる不確実さを考慮し、最良推定値(ベストエスティメイト)の探求がなされる。

リスク評価の活用

PRAによって定量化されたリスクは、原子力発電所のリスクマネジメントにおいて対策等の意思決定を行う上で、判断材料となる知見を提供する役割を果たすものである。したがって、PRAの結果はあるリスクレベル以下にあることを示すために用いられるだけにとどまらず、安全対策などの対応を具体化するための社内のコミュニケーションに用いるリスク情報として活用されるものである。それゆえ、PRAの結果をベストエスティメイトとするために、不確実さ低減のための知見の拡充、工学的判断値に代わるモデルの開発など、最新の技術的知見を反映すべく継続的に改善する取り組みが求められる。電力会社は継続的なPRAにより得られるリスクとその変化を定量化する。さらに、これらについて社外のステークホルダーと共有するリスクコミュニケーションを図り、対策等の意思決定を進めることが、原子力発電の信頼醸成につながるのではないだろうか。

著者

松山 昌史/まつやま まさふみ
電力中央研究所 原子力リスク研究センター 研究参事
1990年入所、専門は津波工学、博士(工学)。

山田 博幸/やまだ ひろゆき
電力中央研究所 原子力リスク研究センター 上席研究員
2014年入所、専門は原子力リスク工学、博士(工学)。

電気新聞 2021年11月17日掲載

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