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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(248)
IPCCの新しい科学知見はCOP26にどう波及したか?

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次評価報告書は、今年8月の第1作業部会(WG1、科学基盤)の報告書を皮切りに、来年10月にかけて計4編が発表される(表)。一連の報告書をもって、第5次評価以降7〜8年の各分野にわたる新知見の集大成となる。現在はその過渡期だが、先頃閉幕した国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)第26回締約国会議(COP26)に向けて関連機関から発信された情報に、WG1が対象とする気候科学の新知見が見られる。

表 IPCC第6次評価報告書と関連情報の発表時期

図

* UNFCCCではNDCの更新を随時受け付けており、 COP26会期中の2021年11月4日にNDC統合報告の更新を発表した。

新しい気候評価

まず注目されるのは、国際エネルギー機関(IEA)が毎年10月に発表する世界エネルギー展望である。2021年版では政策前提の異なる4種のシナリオが分析され、IPCCと同様の手法で各シナリオの温度水準(19世紀後半からの世界平均気温の上昇量)が示された。各国の政策目標が全て期限内に達成されるシナリオで2.1度、2050年に世界全体でCO2排出ネットゼロが達成されるシナリオで1.5度、といった結果である。IEAはCOP26会期中も各国の更新された削減目標を考慮した試算を発表した。

同様の計算法は、国連環境計画(UNEP)が毎年発表する排出ギャップ報告の2021年版にも使われた。排出ギャップは各国の2030年目標(NDC)と1.5〜2度に整合的な削減との隔たりを指す。この評価で必要となる排出・温度の関係に新しい気候計算が反映された。執筆にIPCC WG1の著者も貢献しており、計算更新の差異にも断片的に触れている。詳細は緩和策を扱うWG3の評価が待たれる。

研究分野間の共創

このような最新知見の迅速な波及には、WG1とWG3の分野での共創的な研究が背景にある。最近の取り組みで、多数の排出シナリオの気候評価を首尾一貫して行うソフトウェアがオープンな形で整備された。気候評価では複数の方法を比較するプロジェクトが実施され、信頼性向上に寄与している。筆者も独自の手法を開発してこのプロジェクトに参加し、研究コミュニティの一員として活動しているところである。

残余カーボンバジェットの表出

新知見を含む文書としては、UNFCCC事務局によるNDC統合報告も注目される。これは各国のNDCを集約して1.5度などの目標水準と比較したものである。UNEPのギャップ報告と似ているが、こちらはパリ協定の締約国会合の要請により、COP26に向けて作成されたもので、公的な性格を帯びる。2020年にパリ協定の運用が開始され、各国の新たな2030年目標を積み上げた数値が焦点となる。

NDC統合報告における排出・温度の関係は古いままだが、新知見として残余カーボンバジェットの評価値が盛り込まれた。これは目標とする温度水準に整合的な現時点からの累積CO2排出量の上限を意味する。報告では、最新のNDCで見込まれる2030年までの排出で、1.5度と2度に対応する残余カーボンバジェットのそれぞれ89%と39%を消費する見通しが示された。

残余カーボンバジェットには様々な不確実要素が複合的に絡んでおり、その一つにCO2以外の温室効果ガスや汚染物質の排出量がある。排出シナリオはWG3の守備範囲であり、現段階では第6次評価として完結していない。この点もWG3の報告待ちだ。

著者

筒井 純一/つつい じゅんいち
電力中央研究所 サステナブルシステム研究本部 研究参事
1991年入所、専門は気候科学、博士(環境学)。

電気新聞 2021年12月15日掲載

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