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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(257)
IPCCの新シナリオで2050年カーボンニュートラル目標は従来通りか?

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)で温暖化緩和策を扱う第3作業部会から、第6次評価報告書が先月公表された。昨年8月から順次公表されてきた第1・第2作業部会の報告書に続く第3段となる。今や世界的な潮流となった2050年頃にカーボンニュートラルを達成する目標は、3年半前に公表された1.5度の温暖化に関する特別報告書に基づく。本稿では関連する知見が第6次報告でどう更新されたか概観する。

モデル化された経路=緩和シナリオ

報告書ではモデル化された経路という表現が頻出する。モデルは世界のエネルギー・経済の仕組みを数式で表現したもの、経路はそのモデルで計算された各種変数の今世紀末までの経年変化を指す。

モデルに温暖化の緩和につながる条件を入れると、その程度に応じて排出が削減された経路(以下、緩和シナリオ)が得られる。報告書は世界の研究機関から集めた多数の緩和シナリオが基になる。モデルには不確実性があるため、多数の中央値やばらつきを目安に可能性の高い範囲が評価される。

1.5度に整合する緩和シナリオ

1.5度は緩和の度合いでシナリオを分類した場合の最も野心的な水準に当たる。1.5度シナリオについて第6次報告は、野心度を少し下げた場合も含めて「全ての部門で、急速かつ大幅に、そしてほとんどの場合、即時的に、温室効果ガス(GHG)排出量を削減する必要がある」と評価した。

この評価の基になった排出量のデータを従来の報告書と比較して図に示す。新旧のデータは大筋で変わらず、右記の評価は基本的に従来通りと言える。詳しく見ると、新データは2020年のばらつきが狭まり、全体的に旧データより排出量が多いことが分かる。新しいモデルには排出増加が続く直近の実績が反映されて、その後の排出削減にも影響が及んでいると見られる。

図

図 1.5度に整合するCO2と温室効果ガス全体の排出量の推移。第6次報告書のデータ(黒色)を従来の報告書(灰色)と比較。データ出典:IAMC 1.5°C Scenario Explorer and Data hosted by IIASA r2.0, AR6 Scenarios Database hosted by IIASA v1.0

図は10年間隔で示したが、元データは基本的に5年間隔の精度がある。第6次報告は「即時的」に関連して「遅くとも2025年以前にピークに達する」と評価した。大筋で同じとは言え、排出増加の年数が経過して緊急性が増した形だ。

2050年カーボンニュートラルの観点では、排出がネットゼロに達する時期とその対象が注目される。1.5度シナリオは、図に示すように2050年頃にCO2はほぼゼロで、GHGは残余排出がある。この状態は日本が目指すGHGゼロとは異なるが、温度は安定に向かうことが既に知られている。第6次報告は、さらにGHGがネットゼロに達しそれが維持されれば温暖化の低減につながると明記した。CO2とGHGの違いが明確になったと言える。

気候感度の影響

同じ緩和水準でも排出量は新シナリオの方が多い点はもっと掘り下げてみたい。報告書はピーク温度や1.5度抑制の確率の違いに言及しているが、確信度は高くない。筆者は、温度上昇の目安となる気候感度が第1作業部会で大きく改訂されたことが、一連の評価にどのように影響したかに関心がある。幸いIPCCは情報の透明性に配慮して、本稿で図示したデータを含め、多くの情報を公開している。第6次報告を深く理解する活動はこれから本格化する。

著者

筒井 純一/つつい じゅんいち
電力中央研究所 サステナブルシステム研究本部 研究参事
1991年度入所、専門は気候科学、博士(環境学)。

電気新聞 2022年5月11日掲載

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