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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(290)
英国の送配電事業者はオープンデータにどのように取り組んでいるのか?

英国の送配電事業のオープンデータ

わが国では、政府や自治体が保有するデータの公開が「オープンデータ」として進められている。英国でも同様に行政機関によるオープンデータが実施されているが、2021年に、政府は送配電事業者に対しても、保有するデータ開示の計画の策定を要請している。ただし、具体的な開示方法は送配電事業者に一任されており、これを機に、各事業者はオープンデータを経営戦略に位置づけ、様々な取り組みを展開している。送配電事業者の経営戦略において、オープンデータは脱炭素化やレジリエンスの強化など、社会的ニーズへの対応を費用効率的に進めるための手段の一つとして捉えられている。もっとも、他のプレイヤーから要請された全てのデータを開示しているわけではなく、データが送配電事業の経営に及ぼす影響を様々な観点から検討して、開示内容を決めている。

オープンデータの事例

英国の送配電事業者がオープンデータとして開示するデータは、主に送配電設備および管理に関する内容に分けられる。例えば、送配電設備の空き容量に関するデータを開示して、様々なプレイヤーが低炭素電源の立地選定、モビリティ事業の開発、ないしアグリゲーション事業の地域選定に活用している。これらの取組みは、送配電事業者の経営にとっても、設備増強の投資を最小限に抑制しながら、再生可能エネの導入を進められる効果や、分散型資源を混雑管理に活用して、調整力の調達費用を抑制する効果が期待される。

この他、過去に豪雨の被害で配電事業者が改修作業を管理した地域の情報をデータ化して、開示する例もある。このことにより、自治体や他の公益事業者が、地域の土地利用を防災の観点から事前に検討しやすくなり、事業者が単独で防災対策を講じるよりも、費用対効果の高い対策を講じやすくなると考えられている。

また、設備や管理に関するデータの他に、配電事業者が策定した脱炭素化の目標である2050年までのシナリオ分析の内容を、定量データも伴いながら公表する例もある。シナリオ分析は、需要家の行動変容の可能性などを考慮した複数の想定上のシナリオ、および各シナリオにおける電気自動車や熱の電化の普及予測を地域ごとに数値で示している。

脱炭素化に向けて不確実性が高い中、こうした事業者の将来予測を一般に共有することによって、利害関係者との連携を図り、送配電網の運用費用の削減に資する技術の提案や、送配電設備の過剰・過少投資の回避につなげられると考えられている。

オープンデータが効果的に活用されるための工夫

実際に様々なプレイヤーによるオープンデータの活用を促すために、データの開示方法も工夫されている。例えば、配電事業者の中には、モビリティ事業者が電気自動車の普及予測をするためにデータを活用する場面を想定して、配電事業者のデータに加えて、地域の所得に関する行政機関のデータも同じウェブサイト上に集約して開示し、データ活用の利便性を高めている。

さらに、送配電事業者内におけるオープンデータの管理体制についても、ITの専門家に加え、資産管理、運用、需要家対応等の部門横断的な人材を動員する重要性が指摘されている。送配電事業者が部門横断的にオープンデータに取り組むことによって、個別部門にとっては小さなデータ活用のニーズが、他部門との連携を通じて、費用対効果の高い成果を創出することも期待される。

なお、当然のことながら、データを開示する場合には、需要家情報の匿名化やサイバーセキュリティへの対応も求められる。

オープンデータの事例から得られる示唆

わが国でも送配電事業者の系統情報の公表が検討されているが、それに伴い費用も生じるため、送配電事業者の経営に与える影響も考慮しながら進められる必要がある。英国では送配電事業者を取り巻く環境変化もあり、事業者単体で経営の効率化に取り組む従来の費用削減策の他に、多様なプレイヤーと連携して取り組む費用削減策も重視されるようになっており、オープンデータはこうした機会を提供する手段となっている。慎重に進めなければならない側面もあるが、オープンデータには新たな事業戦略としての活用可能性もあると考えられる。

著者

澤部 まどか/さわべ まどか
電力中央研究所 社会経済研究所 主任研究員
2009年度入所、専門は規制の経済学、博士(商学)。

電気新聞 2023年8月23日掲載

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