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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(293)
原子力発電所の運転差止めを命じる仮処分の問題点は?

福島第一原子力発電所事故以降、原子力発電所の運転差止めを求める「仮処分」の申立てが増えている。実際に裁判所が差止めを命じた例もあり、ネットゼロ達成や安定供給への影響も懸念される。

原子力発電所の運転差止仮処分の特徴

確定までは効力を持たない通常の「判決」とは異なり、仮処分の効力はすぐに生じる。そのため、ひとたび差止仮処分が発せられると、発電所は運転停止を余儀なくされ、一日あたり数億円規模の損害が事業者に生じる。

これまでに運転差止めを命じた仮処分は、すべて後に取り消されている。この場合、本来は申し立てた側が仮処分により生じた損害を賠償する責任を負う。しかし、こと原子力発電所の運転差止めについては、運転停止期間中に事業者が被る巨額の損害を申立人に請求し、これを回収することはむずかしく、現実問題として損害の回復は望めない。

仮処分の暫定性

そもそも、仮処分の効力がすぐに生じるのは、仮処分が、通常の判決にはない「緊急性」と「暫定性」を有するからである。

仮処分は、判決確定を待っていては原告の権利実現や被害回復が不可能になるおそれがあるという、緊急の差し迫った要請に応えるものである。それゆえ、正式な判決に必要な「証明」では「ある事実についておよそ疑いの余地はない」という裁判官の高度な心証を要するのに対して、仮処分に必要な「疎明」では「一応確からしい」という程度の心証で足り、かつ、すぐに取り調べ可能な証拠のみで審理される。

したがって、仮処分の判断は、あくまでも暫定的な結論にすぎず、後に取り消される可能性がある。こうした仮処分の暫定性を担保するには、後に裁判所の結論が覆った場合にも、原状復帰が可能でなくてはならない。

しかし原子力発電所の運転差止めを命じる仮処分は、それが金銭的なものに過ぎないとは言え、事業者の側に回復不能な損害を生む。それは原状復帰が不可能である、つまり、仮処分の基本的な性質である暫定性を欠くことを意味する。

「保全の必要性」の判断において事業者側の損害の考慮を

一般に、仮処分が認められるためには「保全の必要性」が示されなければならない。これは、正式な判決を待っていては原告の権利保護が手遅れとなるために、仮処分という一時的な措置が必要であることを意味し、要するに先の「緊急性」と「暫定性」を反映したものである。判例や多くの学説は、この「保全の必要性」の判断において、仮処分を申し立てる側の事情と、仮処分を命じられる側に生じる損害を総合的に判断(比較衡量)することを認めている。

したがって、運転停止により事業者に回復不能な損害が生じるという事情は「保全の必要性」の要件において考慮されるべきであり、両当事者の事情を踏まえた結果、事業者側に生じる回復不可能な損害が無視できないのであれば、裁判所は仮処分の申立てを却下すべきである。

このような考えに対しては、仮処分を申し立てる側は、その生命や身体という究極的な権利への被害を訴えているのだから、経済的・金銭的な損害よりも尊重されるべきとの反論があろう。

たしかに、単純に生命等への被害と経済的損害を比較すればそうなるだろう。しかし、そのような見方には過酷事故が生じる頻度の観点が抜け落ちている。すなわち、原子力過酷事故が将来の稀頻度事象であるのに対し、事業者の損害は差止めが命じられれば確実に生じることとなる。

過酷事故がいかに稀頻度でも絶対的な権利である生命・身体等は経済的損害に優先されるべきとの立場もあるだろうが、事業者に与える経済的影響がなんら顧みられないのは、私人間の利害調整機能を果たすべき民事裁判の規範としては、著しく衡平性を欠くといわざるを得ない。

なお、これら論点は「原子力発電所の運転差止仮処分の検討」環境法研究17号で詳述している。

事業者に求められる対応

最後に、事業者の対応につき付言したい。
仮処分の審尋は非公開ゆえ、その詳細を知ることはできないが、公開された決定文を読む限り、多くの事業者が運転停止による巨額の損害の発生を主張している。しかし、それが法律上のどの要件をめぐる主張か不明確では、裁判所としては考慮しようがない。

したがって、そのような損害が、「保全の必要性の存否に関する事実(否定する事実)」であるとの趣旨を明確にすべきであろう。

著者

佐藤 佳邦/さとう よしくに
電力中央研究所 社会経済研究所 上席研究員
2006年度入所、専門は経済法、博士(法学)。

電気新聞 2023年10月4日掲載

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