電力中央研究所

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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(302)
現在の放射線防護体系における課題とは?-被ばくカテゴリーとデトリメント-

本稿では、国際放射線防護委員会(ICRP)の最新の主勧告である2007年勧告の改訂に関する議論のうち、被ばく状況と被ばくカテゴリーの検討、放射線デトリメント(放射線の損害を表す指標、後述)の検討の2つについて、それぞれの概要と2023年に開催されたICRPシンポジウムでの検討内容について報告する。

被ばく状況と被ばくカテゴリーの検討

ICRPは、2007年勧告において、放射線防護の統一的な履行を可能とするために、3つの被ばく状況(計画被ばく状況、現存被ばく状況、緊急時被ばく状況)と3つの被ばくカテゴリー(職業被ばく、公衆被ばく、医療被ばく)を導入した。3つの被ばく状況は、被ばくの状況の特性に基づき分類した概念で、2007年勧告の適用において基本となる。3つの被ばくカテゴリーは、実際には複雑な個人の被ばくを、管理目的で単純化させた概念である。これらの概念の適用に関して、放射線防護に与える効果の提示や更なるガイダンスを要望する声が多くある。そこで、ICRPはタスクグループ(TG)127を立ち上げ、2007年勧告で導入した分類の適用に関するレビューを開始した。

ICRPシンポジウムでは、自然起源放射性物質を管理するための被ばく状況の選択、医療施設における被ばくカテゴリーの適用に関する課題の他、福島第一原子力発電所事故での課題も報告された。具体的には、避難指示が解除された地域で作業する労働者の、被ばく管理のためのカテゴリーの明確化(事故後の現存被ばく状況における労働作業を、職業被ばくとして管理するのか公衆被ばくとして管理するのかは明確でない)、大規模原子力災害後の被ばく状況に関する定義の明確化(事故後の汚染について、どのエリアまでを現存被ばく状況とすべきなのかは明確でない)などである。報告された課題の多くは、カテゴリー境界の不明瞭さが原因であり、丁寧な説明とコミュニケーションの必要性が指摘された。

放射線デトリメントの検討

放射線デトリメントは、低レベル放射線の被ばくにより生じる健康影響(がんと遺伝性影響)の大きさを示すICRP独自の指標である。この指標は、慢性的な被ばくを想定した集団において、性および年齢で平均化した生涯リスク推定値に基づき、線量・線量率効果係数、組織・臓器別の致死率、生活の質、がん罹患による寿命の損失を調整して計算される。

ICRPはTG102を設置し、放射線デトリメント計算方法のレビューを行い、報告書を2022年に取りまとめた。この報告書によると、放射線デトリメントの計算は2つの段階で構成されており、放射線による組織・臓器別のがん発生数を算出する第1段階と、組織・臓器別のがんの重みづけを評価する第2段階である。得られた組織・臓器別の放射線デトリメントを合計することで全体の放射線デトリメントが計算される。現在は後継のTG122が活動を開始しており、がん影響に関する放射線デトリメント計算方法を評価し、改善点を検討する予定である。

ICRPシンポジウムでは、第1段階のがん発生数の計算に関して、最新の原爆被爆者疫学研究や、放射線影響予測モデルに関する報告が行われた。また、第2段階の組織・臓器別の重みづけ評価計算に関して、障害調整生存年数(DALY)の概念の活用が主張された。DALYは疾病負荷を表す指標で、公衆衛生分野をはじめ広く使用されている。前述の通り放射線デトリメントはICRP独自の指標であるが、共通の指標としてDALYを放射線リスクコミュニケーションツールに活用することへの期待も示された。

今後の課題

本稿のテーマは、放射線管理や防護基準値の導出等に深く関係しており、改訂されたICRPの放射線防護体系の規制機関等による取入れを踏まえると、現場の放射線管理に直結する議論である。ICRPは現在、課題の抽出・整理を行っている段階であるが、原子力発電所や医療現場、福島第一原子力発電所事故の影響が残る地域等の様々な適用先に、今後のICRPの勧告が与える影響を予め考慮することは重要である。根拠情報の透明性や追跡性の向上に加えて、関連するステークホルダーが議論に参画することが、より堅牢性・普及性の高い勧告の策定につながると考える。

著者

木村 建貴/きむら たつき
電力中央研究所 サステナブルシステム研究本部 主任研究員
2021年度入所、専門は放射線防護、博士(工学)。

電気新聞 2024年2月14日掲載

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