国内の二酸化炭素(CO2)排出量の約4割を占める火力発電所では、アンモニア(NH3)を脱炭素燃料として利用することで、CO2排出量を削減する取り組みが進められている。発電所に受け入れる際の液体状態のNH3は、バイオマスから有用成分を抽出する溶媒として活用できることを電力中央研究所は見出した。そこで、燃料として燃やす前のNH3を活用することにより、発電時のCO2排出量を削減しながら、高付加価値なカーボンリサイクル製品を併産する新たな事業の創出に向けた開発を進めている。
NH3は可燃性の毒劇物であるが、火力発電所では脱硝剤として長年にわたり使用されており、安全管理を含めた産業利用の経験が蓄積されている。またNH3は、発電用燃料としての需要拡大により、今後一層の低廉化と供給量拡大が期待できる。液化NH3は、さまざまな有機物・無機物を溶解し、水を含むバイオマスへの浸透性が高い非水溶媒である。またNH3は、地球温暖化係数およびオゾン層破壊係数がゼロであり、分子内に金属、ハロゲン元素を含まず、水や空気の存在下でも安定に存在できる。さらに、NH3は常温常圧では気体であるが、加圧(20℃で約8.5気圧)あるいは冷却(1気圧で約マイナス33℃)することで容易に液化する。そのため、抽出溶媒として使用したあとのNH3は、常温付近で液体から気体に変化することで、抽出物や固体試料から容易に気化分離することができる。
NH3の溶媒としての優れた特徴を活かした抽出プロセスを構築することで、バイオマスに含まれる有用成分を効率的に抽出し、CO2排出削減効果の高いカーボンリサイクル製品を生産することが期待できる。当所が開発を進める抽出プロセスは、①液化NH3とバイオマス試料を混合、②バイオマス成分を液化NH3中に抽出、③抽出液と固体試料を固液分離、④抽出液からNH3と抽出物を気液分離する、という4つの工程で構成される(図)。液化NH3による抽出によって、気体NH3、抽出物および固体試料を得ることができる。抽出に使用したNH3は気体としてバイオマスから分離回収できるため、抽出プロセスで消費することなく、発電用燃料として利用することができる。
液化NH3による抽出は、常温、10気圧以下の温和な条件で行われ、液化NH3による高いバイオマスへの浸透性を活かすことで、高価な薬剤などを使用せずに高い抽出物収率が得られる。例えば、微細藻類、植物バイオマス、食品廃棄物などの湿った状態のバイオマスから、航空用燃料、化成品原料および医薬品原料となる成分が得られる。液化NH3による抽出は、多くの抽出技術で必要とされる乾燥や微粉化といったエネルギー消費量の大きい工程を必要としないため、水を含む様々なバイオマスからの成分抽出に有効な技術である。
燃料NH3をバイオマス成分の抽出溶媒として活用することにより、火力発電所におけるCO2排出量削減とカーボンリサイクル製品生産を両立することができる。火力発電所が有する設備や燃料NH3を活用することで、地域に存在する未利用バイオマスを活用した新たな事業の創出や、非電力部門におけるCO2排出削減への貢献など、発電にとどまらない事業拡大への波及が期待できる。
電気新聞 2025年8月13日掲載