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電力中央研究所

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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(341)
水力発電の土砂問題、より良い対策のために何が必要か?

前回の本欄では、ダム貯水池への土砂流入が引き起こすダム堆砂問題を解説し、水力施設への土砂流入によって水力発電の保守・運用にも様々な問題が生じることを紹介した。今回は、土砂問題の対策について、現状を解説し将来を展望する。

恒久的対策

ダム堆砂の恒久的な解決策として、天竜川水系・美和ダムなど国内の幾つかのダムでは、ダムを迂回してダム下流に土砂を流す土砂バイパストンネルが建設されている。トンネル内は急勾配であるため、速い流れを作り出すことができ、多量の土砂をダムの下流までバイパスさせることが可能となる。あるいは、洪水時に土砂をダム下流に放流しやすくするよう、ダムの放流設備を改造する例もある。

掘削・浚渫の限界

土砂バイパスやダム改造などの大規模な工事は建設コストが大きく、必ずしも容易には実現しない。このため多くの地点では、貯水池内の土砂を掘削または浚渫し、山地に確保した搬出先(土捨て場)まで土砂を運搬・移設することで、堆砂量の増加を軽減している。しかし、トラックで運搬できる土砂量にも限界があり、入ってくる土砂に対して掘削が追いつかないことも多い。また、土捨て場のスペースが埋まってしまい、新たな土捨て場の確保が難しくなっている地点も多い。

土砂還元

本来、土砂は川を流れるものであり、貯水池に堆積した土砂を搬出せず下流に還元することは、自然かつ合理的な考え方である。土砂を流下させるゲート設備が付いているダムでは、洪水時にゲートから土砂を下流に流す排砂・通砂も行われており、上述した土砂バイパスなどは排砂・通砂を恒久的に行う対策とも言える。また、貯水池に堆積した土砂の一部をダムの下流に移動させる「置き土」が行われることもある。排砂・通砂や置き土によってダムの堆砂問題が改善するだけでなく、ダム下流への土砂還元によって自然な河川環境が復元され、河川環境に対して良い効果が得られたことも国内外で報告されている。しかし、河川には様々なステークホルダーが存在し、ダムの土砂還元に際して、下流側の関係者との合意形成が難しい場合も少なくない。

流域の理解・協力が不可欠

土砂問題は、放置すれば時間の経過とともに深刻さが増し、子や孫の世代に残る問題となる。ダム堆砂の進行によってダムの機能低下が進めば、その影響はダムの上流側・下流側の広い流域に及ぶ。将来に亘って良い川を残すため、土砂の発生源である山地から出口である海域までの関係者が理解・協力し合うことは不可欠である。特に、土砂を下流側に還元する際には、ダム下流側の「理解」が必要となる。今年から国土交通省の新たな指針として「流域総合水管理」が発表され、流域全体での総合的な水管理の重要性が強調されている。土砂に関しても同様に、流域の上下流間の相互理解が深まるような取り組みが重要になる。

技術の進化

電力中央研究所ではダム貯水池や水路への土砂流入対策を検討するツールSuiricを開発し、大手電力会社に提供を行っている。河川・貯水池や水路を対象として、対策後の地形・水位の変化などを簡易に計算でき、効果的な土砂対策を検討することができる。例えば、排砂や置き土をした際のダム下流に流れる土砂量や、堆積土砂を掘削した後での取水口に流入する土砂量など、様々な土砂問題への対策についてその効果を把握できる。これらの計算結果は最適な対策の確立に繋がるだけでなく、流域のステークホルダーの理解醸成にも役立つことを期待している。

土砂対策の新たな取り組みとして、水力発電所の取水口に少量かつ細かい土砂を敢えて供給し続けて、水車を通じて土砂を流下させる取り組み(水車スルーシング)が海外で行われている。これとは逆に、米国の一部の原子力発電所で実用化されているベーンは、取水口付近の川底に設置された板状の構造物であり、これにより土砂の動きを制御し、取水口に土砂を入れずに河川を流下させる対策である。水力発電の取水口で土砂を制御する概念は近年まで無かったため、水車スルーシングやベーンは新しい切り口の対策である。今後も、当所を含めた様々な機関が多様な切り口とアイデアで技術を進化させ、土砂問題のブレークスルーが起きることを期待する。

著者

太田 一行/おおた かずゆき
電力中央研究所 サステナブルシステム研究本部 上席研究員
2010年度入所、専門は水工学・土砂水理学、博士(工学)。

電気新聞 2025年9月24日掲載

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