2018年、欧州の洋上ウィンドファームにおいて大規模なブレードの減肉(以下、エロージョン)が発生して以降、エロージョンは風力発電におけるコスト面の重大な課題として広く認識されるようになった。具体的には、ブレードのパワーカーブ(出力)低下やダウンタイム(メンテナンス等による風車の停止時間)の増加に伴う年間発電量の減少、さらに点検・監視・補修にかかる運用保守コストの増加が問題になっている。
本欄では、ブレードエロージョンに関する国際的な研究開発動向を紹介するとともに、関連トピックスの技術課題を整理する。
2021年3月、国際エネルギー機関風力技術協力プログラム(IEA Wind TCP)の枠組みにおいて、エロージョンを専門的に扱うTask46が設置された。本タスクでは、エロージョンの要因となる気象条件、ブレードの空力性能への影響、風車制御による損傷抑制方法、地上試験方法、材料特性に関する研究開発が行われており、成果はテクニカルレポートとして公開されている。
2025年3月からは、フェーズ2が4年間の計画で始動し、電力中央研究所も本フェーズに参画している。
エロージョンの主な因子として、雨、砂、大気塵、雹(ひょう)などが挙げられるが、最も重要な因子は雨である。高速回転するブレードに雨滴が繰り返し衝突することで、衝撃力による疲労損傷が蓄積してエロージョンが進行すると考えられている。
日本では年間降水量が欧州の2~3倍に達する地域も多く、エロージョンの深刻化が懸念されている。
2020年1月、東伯風力発電所4号機において、ブレードが折損し飛散する事故が発生した。事故原因究明の結果、エロージョンが進行していたブレードに対する補修作業の遅れが、破損の一因であったと推定されている。この事例は、エロージョンがブレードの構造的な安全性にも影響を及ぼす可能性を示している。
国内外において、ブレードを保護するための各種保護材の開発が進められている。保護材には、コーティング、テープ、シート、シェルなどがあり、それぞれの耐久性はコーティングが数年、テープが約10年、シートが約15年、シェルが約25年とされる。ただし、これらの耐久性は風車の運転環境に大きく依存する。特に、テープ・シート・シェルといった高耐久性の保護材であっても、運転中に剥離や脱落が生じるリスクが指摘されている。
また、紫外線などによる材料劣化が、保護材の耐久性を著しく低下させることも報告されており、保護材の性能評価には多くの課題が残されている。
エロージョンの地上試験方法としては、人口降雨環境下でブレードを高速回転させ、加速的にエロージョンを生じさせる「回転アーム式エロージョン試験装置」が、デファクトスタンダードとなっている。国内では、産業技術総合研究所が同装置を所有している。一方、より簡易的かつ効率的な試験技術の開発を目指し、「パルス式噴流試験装置」を用いた研究も進められている。現在、NEDOプロジェクトの一環として国際共同研究が実施されており、エロージョンの損傷メカニズムの解明とともに、地上試験方法の標準化が推進されている。
なお砂や雹によるエロージョンに関しては、保護材メーカによる試験結果の報告はあるものの、現時点では標準的な試験方法は確立されていない。
エロージョンアトラスは、地図上に風車ブレードのエロージョンリスクを可視化するものである。損傷の地域性や季節性を明らかにすることで、保護材の必要性判断、最適な保護材の選定、さらには風車制御による損傷抑制方法の検討への活用が期待されている。
欧州や米国では、すでにエロージョンアトラスの整備が進められている。一方、日本ではこれまでエロージョンアトラスの作成は行われておらず、地域特性や季節変動を踏まえたリスク評価の基盤が未整備の状況にある。
今後、日本においてエロージョンアトラスを開発・整備することで、洋上風力プロジェクトの計画段階における収益損失リスクの評価への貢献が期待される。
電気新聞 2025年10月8日掲載