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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(344)
水力発電に求められる高経年化・自然災害リスクへの対応は?

我が国では、非化石エネルギーである水力発電電力量の増加に向け、発電施設の新設、既設発電所の改修・更新、ダムの運用高度化による増電等、様々な取り組みがなされている。一方、長期運用の発電所が多く、一般水力は発電設備容量の半数以上が60年を、近年稼働率の高い揚水も半数以上が40年を既に超過し、水力発電設備は高経年化のリスクに晒されている。また、近年、気候変動影響に伴う台風・豪雨の激甚化・頻発化により、洪水流量や斜面崩壊の増加が懸念され、水力発電設備は大規模地震も含め自然災害のリスクに脅かされている。本欄では、これらのリスクに対して重要と考えられる視点と技術開発について論じる。

高経年化への対応

高経年化に伴う水力発電設備の劣化対応については、点検・保全業務の効率化・合理化の点で、近年DX技術やAIの活用が順次進んでいる。また、発電停止期間の短縮(溢水電力量の低減)や設備の延命化に繋がる状態把握、予測評価、対策技術が望まれている。

水路トンネルは、狭小・暗所・高湿度・長距離の地点が多く、点検時の作業環境や溢水電力量低減の観点で一層の改善が求められている。そのひとつとして特殊環境に対応可能な自律飛行ドローンを活用した自動点検技術の開発が進んでいる。

水車発電機固定子巻線については、AIを活用した部分放電の異常・劣化判定データベースの整備、発電停止や高電圧装置等の搬入・搬出が不要となる運転中部分放電診断を活用した固定子巻線の余寿命診断や、補修・改修・更新等の管理手法の構築が進んでいる。

水車部材については、洪水時の高濁度の土砂は沈砂池等での堆砂や水車の摩耗を加速させるので、早期に発電取水を停止することが望ましい。一方、洪水時には最大出力で発電できるので発電を継続することが望ましく、これらの相反する現象・動機を最適化する必要がある。このため、洪水時の沈砂池等での堆砂量、水車への土砂流入量や水車部材の土砂摩耗速度を簡便に推定する手法の構築が進んでいる。また、洪水時の発電停止期間を短縮するため、取水口前面へのベーン(板状構造物)の設置による取水口・導水路への土砂流入軽減技術が提案されている。

自然災害リスクへの対応

地震や豪雨などの自然災害に対して、水力発電設備の安全性の確認と対策の着実な実施が必要であるが、例えば、「水力発電設備の耐震性能照査マニュアル」に記載される動的解析を膨大な数・総延長となる全ての水路設備へ適用することは難しく、損壊リスク評価と公衆災害リスク評価の合理化、発電運用支障の少ない対策技術の開発が望まれている。

損壊リスク評価の合理化については、水路トンネルは延長が長く、裕度が相対的に低い一方、断面形状、大きさ、周辺地盤物性が多様である。このため地震・豪雨等に対する水路トンネルの損壊リスク評価を効率的に進めるスクリーニング手法の開発が進んでいる。

公衆災害リスク評価の合理化については、自然災害起因の水力設備損壊による溢水現象とその周囲への浸水現象を多数の設備を対象に調べるため、水深、流速、流体力、歩行困難指標等を速やかに、かつ、簡便に算定できる溢水・浸水解析ソフトが開発されている。

対策技術として、供用中も施工可能で廉価な耐震補強工法が望まれ、PS(プレストレスト)アンカーによる洪水吐ゲート橋脚補強やCFRP(炭素繊維強化プラスチック)プレート接着工法によるダムゲート補強の開発が進んでいる。

今後の備え

水力発電事業でも、将来の環境変化を踏まえて高経年化・自然災害リスクに備えるため、個別の設備評価に留まらず、関連する設備全体のライフサイクル、リスク、レジリエンスを総合的に考える時代になってきている。

近年、地震や台風・豪雨等の複合災害への備えの強化が指摘されているが、さらに高経年化が重畳する複合リスクに対する備えも今後求められる。水力発電設備は水路延長が長く、地点ごとに特性の異なる設備も多いが、これらの複合リスクと対策の効果を適切に評価し、優先度を合理的に判断しながら、戦略的に対策を進める必要がある。その解決の一助として、複合リスクと対策効果の定量化・見える化などの技術開発が期待される。

なお、この一連の成果は、電力中央研究所が明日11月13日に都内で開催する「研究成果報告会2025」でも報告する。

著者

佐藤 隆宏/さとう たかひろ
電力中央研究所 サステナブルシステム研究本部 上席研究員
1994年度入所、専門は水理学・土砂水理学。

電気新聞 2025年11月12日掲載

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