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旬刊 EP REPORT EWN(エネルギーワールド・ナウ) 

旬刊 EP REPORT EWN(第2143号)
独新政権が欧州委案支持表明 40年に温室効果ガス90%減
海外クレジットの活用など条件に

ドイツでは5月6日、キリスト教民主同盟(CDU)のフリードリヒ・メルツ党首を首班とする新政権が発足した。連邦議会第1 党のCDU、CDUの姉妹政党のキリスト教社会同盟(CSU)、前政権を主導した社会民主党(SPD)による連立政権である。新政権の骨格は、4月9日に合意された「連立協定」に記されている。144頁からなり、そのうち8頁が「気候変動とエネルギー」に割かれている。

図

ドイツ連邦議会の会派構成 出所:ドイツ連邦議会ウェブサイト

「気候変動とエネルギー」の中で大きな注目点は、温室効果ガスの排出削減目標である。ドイツはパリ協定の下、EU(欧州連合)の一員として、他の26の加盟国とともに、EU全体で排出削減目標を掲げている。現行の目標(2030年目標)は、1990年比で少なくとも55%削減である。そしてEUでは現在、2040年目標の検討が行われている。EUの排出削減目標は、欧州委員会が提案し、EU理事会や欧州議会などで議論を行った上で、欧州理事会において、コンセンサス(全会一致)によって決定される。40年目標については、欧州委員会が昨年2月6日に「1990年比で少なくとも90%削減」とすることを提案しており、これが議論の出発点である。

今回の連立協定では、欧州委員会が提案した「90%削減」への支持を明確にした。提案の公表から1年以上が経つが、これまで90%削減への支持を公にした国は、スペイン、デンマーク、フィンランドなど、ごく一部に限られていた。EU最大の排出国であるドイツの支持表明は、EU内での合意形成に向けて重要な前進である。

ただし、連立協定では「90%削減」への支持に三つの条件をつけた。一つ目は、国内での排出削減がドイツ単独での目標を超過しないことである。2019年に制定された連邦気候行動法では、EUの排出削減目標とは別に、ドイツ単独での目標も定めており、40年目標は1990年比「88 %削減」である。二つ目は、ネガティブエミッションの活用である。大気中のCO2を回収・貯留するなどによって、文字通り、排出を負にする技術を指す。連立協定では、あくまでも「排出削減が優先」としつつ、2040年目標の達成に向けて「限定的」にネガティブエミッションを活用することを明記した。三つ目は、EU域外における排出削減(いわゆる海外クレジット)の活用である。EUは30年目標の文脈で海外クレジットの活用を認めていない。連立協定では40年目標については海外クレジットの利用を「最大3%まで」認めるべきだとしている。

これらを総合すると、ドイツの新政権は、40年目標について、EU全体の目標として「90%削減」を支持しつつ、ドイツ単独の目標は「88%削減」に据え置き、差分をネガティブエミッションや海外クレジットで補う、という立場だと解釈できる。ドイツの支持表明を受けて、今後 EU内での議論が加速すると思われるが、目標の数字と同じかそれ以上に、「条件」の部分が争点になるだろう。

【関連資料】
堀尾健太、坂本将吾、EUにおける「2040年目標」の検討状況―欧州委員会による提案のポイント―、電力中央研究所社会経済研究所ディスカッションペーパーSERC23008、2024年3月

 

エネルギー関連の記述にも触れておきたい。特筆すべきは、ガス火力について「30年までに最大20GWの新規建設」を掲げたことだ。ドイツは脱原子力と脱石炭火力を並行して進めている。23年4月までに全ての原子力発電所が運転を停止し、脱原子力は既に達成した。石炭火力については、38年までに段階的に廃止していく方針である(前政権は廃止年限の前倒しを模索したが、新政権は従来の年限を維持)。必然的に、電力供給においては、再生可能エネルギーとともにガス火力の重要性が高い。新政権は具体的な数字を掲げることでそれを示した。

ガス火力を重視する姿勢は、数字以外にも表れている。例えば、石炭火力の段階的廃止のスケジュールは、ガス火力の拡大がどの程度迅速にできるかによると記述した。また近く実施する、炭素回収・利用・貯留(CCUS)の促進に向けた法整備においては、対象とするセクターとして、排出削減が難しい産業に加えて、ガス火力が特出された。

エネルギーに関して、連立協定に書かれていない論点が1つある。それが原子力である。今回の連立協議の過程では、脱原子力を見直す動きが少なからずあった。背景には原子力に対する世論の変化がある。ロシアのウクライナ侵略などを受けて、エネルギーの安定供給や価格の抑制の観点で、原子力に対する国民の態度が変わってきている。4月上旬に公表された世論調査によれば、原子力への回帰について、賛成(55%)が反対(36%)を上回った。連立協議では、原子力発電所の再稼働に向けた調査などが検討されたが、SPDの同意が得られず、連立協定には含まれなかった。

今回の政権交代は、前政権を主導したSPDも新政権に参画することから穏健なものであり、劇的な変化をもたらした米国の政権交代などとは趣が異なる。野心的な排出削減目標の支持、石炭火力の段階的廃止など、大きな方向性としては継続も色濃く、原子力への回帰には至らなかった。それでも、海外クレジットの活用やガス火力の新設など、より現実的な路線への軌道修正も見られる。

ただし、EUでは海外クレジットの活用に慎重なステークホルダーも少なくない。ガス火力の新設についてもロシア産ガスの輸入停止に向けた動きなどとも絡み、一筋縄ではいかないだろう。新政権の方針がどの程度具現化されるか、行方が注目される。

著者

堀尾 健太/ほりお けんた
電力中央研究所 社会経済研究所 主任研究員

EP REPORT 第2143号(2025年5月21日)掲載
※発行元のエネルギー政策研究会の許可を得て、記事をHTML形式でご紹介します。

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