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旬刊 EP REPORT EWN(エネルギーワールド・ナウ) 

旬刊 EP REPORT EWN(第2146号)
米政府、次世代炉の導入支援 基地や国立研究所など活用
原子力安全規制の見直しも視野

トランプ米大統領は5月23日、原子力に関する四つの大統領令に署名した。目玉は次世代原子炉の導入支援と安全規制の見直しだが、原子力に関する政策課題を幅広く網羅しており、政権の原子力政策の全体像が示されている。

大統領令は背景や目的に関する記述から始まっており、そこにはトランプ政権の情勢認識を表出している。根底にあるのは、かつて原子力分野のパイオニアであった米国の地位が低下し、その代わりに地政学的な競争相手である中国やロシアが台頭している、という認識だ。具体的には「2017年以降に運転を開始した原子炉の87%は二つの外国が設計した」「われわれの競争相手は世界中で原子力技術の輸出を加速している」といった記述がある。そして「原子力分野のグローバルなリーダーとしての米国を再興する」ことを謳っている。

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5月23日付大統領令の主な項目

トランプ政権は、このような認識の下、50年に国内の原子力発電設備容量を400GWまで拡大すること、30年までに既設炉の出力を5GW増強し、10基の原子炉の建設を始めることを掲げた。いずれも野心的な目標だが、政権の任期は29年1月までであり、その後は政権交代の可能性もあることを踏まえると、重要なのは目標よりも当面の施策だ。

大統領令の最大の目玉は、次世代原子炉の導入支援。ここでいう次世代炉には、第3世代プラス(改良型軽水炉)、第4世代炉(非軽水炉)、小型モジュール炉、マイクロ炉が含まれる。大統領令では、国防総省(DOD)とエネルギー省(DOE)に対して、両省が管轄する基地や国立研究所などの敷地を活用して、次世代炉の導入を進めることを指示した。DODは28年9月30日までに、DOEは30か月(2年半)以内に、次世代炉の運転を開始することを目指す。いずれの期日も、トランプ政権の任期内だ。

DOEに対しては、さらに、保有するウランやプルトニウムなどのうち原子炉用の燃料として使用可能なものを特定すること、少なくとも20tの高純度低濃縮ウラン(HALEU)を供出すること、研究炉の建設・運転を進めることなども指示した。米国では日本と同じく、原子炉の設計・建設・運転などは民間企業が担っており、政府にできることは限られるが、今回の大統領令は連邦政府が保有する施設や核物質などを最大限活用し、次世代炉の導入支援を試みるものだ。

大統領令のもう一つの注目点は、原子力規制委員会(NRC)の改革だ。トランプ政権は、米国における原子力の停滞は、非効率な規制行政が原因だったとの認識を強く持っている。NRCに対しては、近年、連邦議会も、原子力エネルギー革新・近代化法(NEIMA)や先進原子力導入促進法(ADVANCE法)などを制定し、規制の効率化などを求めてきた。今回の大統領令は、これらの延長線上にあり、NRCに対して、許認可などの際に 原子力がもたらす経済安全保障や国家安全保障上の便益を考慮することや、迅速な審査を可能にするために組織改編を行うことなどを求めている。

 

安全規制の改革の内容には、審査期間の上限の設定、現行の規制の見直し、放射線防護に関するLNT(しきい値無し直線)仮説やALARA(合理的に達成可能な範囲で低く抑える)原則の見直しなどが含まれる。審査期間の上限については、例えば、新設は18か月、既設の運転延長は12か月を提示しており、実現すれば審査対応の予見性の向上が期待される。一方、現行の規制の見直しや、LNT仮説・ALARA原則の見直しは、詳細はNRCの検討に委ねられているが、内容によっては原子力の安全規制を根本から変えるものにもなり得る。

さらにもう一つ、原子炉の設計の承認を迅速に行う経路の創設、という項目がある。これは、DODやDOEが安全性を実証した原子炉については、NRCによる審査を簡略化する、というものだ。DODやDOEが管轄する敷地での建設・運転実績を積んだ原子炉については、商業用の発電炉としてNRCに申請する際、審査が短縮される可能性がある。

このほか、運転延長の期間の見直しや、軍事施設への電力供給を目的とした閉鎖した原子炉の再稼働なども記載されているが、既設炉や新設に関する支援は債務保証をはじめとする既存の措置の活用が主体だ。また、核燃料サイクルに関する政策の提言、ウラン転換・濃縮に関する計画の策定、他国との原子力協力協定の締結促進などの指示は興味深い施策であるものの、現時点では具体性に乏しい。

総じて、今回の大統領令には、トランプ政権の原子力利用への積極性が表れている。しかし、個々の施策については、実効性や具体性にばらつきがある。また施策の実現には予算などの裏付けも必要であり、政府効率化省(DOGE)や連邦議会の動向次第では、大統領令で書かれている通りには進まないかもしれない。

6 月11 日、DODと空軍省(DAF)は、アラスカ州のアイルソン空軍基地に設置するマイクロ炉のベンダーとして、オクロ社を選定したことを発表した。オクロ社はトランプ政権のエネルギー長官を務めるクリス・ライト氏が2月まで取締役に名を連ねていた企業であり、HALEU燃料を使用する液体金属冷却高速炉「オーロラ」を開発している。今回の大統領令に基づく、次世代原子炉の導入支援のテストケースとして行方が注目される。

著者

堀尾 健太/ほりお けんた
電力中央研究所 社会経済研究所 主任研究員

旬刊 EP REPORT 第2146号(2025年6月21日)掲載
※発行元のエネルギー政策研究会の許可を得て、記事をHTML形式でご紹介します。

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