
欧州委員会は7月、EU排出量取引制度(EU ETS)の指令改正案を公表した。特徴の一つは、恒久的な炭素除去について、追加排出枠の競売と欧州委員会による除去購入を組み合わせる第9c条の新設である。
第9c条は、2031~40年の排出枠の総量に2.5億枠(2.5億t-CO2相当)を追加し、その競売収入で、欧州委員会が同量の除去を購入するとした。除去を差し引く前の排出余地を増やしつつ、除去を差し引いたネット排出水準を維持する設計である。
購入対象は当面、地中貯留によって恒久性を確保するBioCCS(バイオ由来CO2の回収・貯留)とDACCS(直接空気回収・貯留)に限られ、自然由来除去や炭素農業は含まれない。
第9c条の仕組みは「追加の排出余地をいつ確定するのか」と「裏付けとなる除去を誰が買うか」に分けると理解しやすい。改正案の影響評価に沿って見ていく。
まず、なぜ増枠を先に確定するのか。影響評価は、排出枠がゼロに近づくにつれ市場規模が縮小し、価格上昇やカーボンリーケージのリスクが強まるとみる。事業者による除去の直接利用分だけ排出余地を生じさせる方式では、将来の排出余地が除去供給に左右される。2.5億枠を先に総量へ加えた上、毎年の競売量を少量から始めて段階的に増やし、40年に4800万枠へ至る想定で競売される。この設計は、事業者の投資計画に予見性を与える狙いがある。
しかし、増枠だけを先行させれば、除去を確保できないまま排出だけが増えかねない。影響評価が検討した「先行増枠+事業者による除去利用」では、排出枠価格が除去費用を下回る間は購入の誘因が弱く、必要量の確保が保証されない。試算では、BioCCSが排出枠と価格競争力を持つのは36~38年ごろであり、DACCSは40年までに競争力を持たない。このため、欧州委員会が価格差を負担し必要量を購入する案が選ばれた。
公的調達により、除去事業者は需要を見通しやすくなる。一方、支払いはEU炭素除去・炭素農業認証枠組み(CRCF)に基づき認証された除去量が引き渡された後に行われる。設備投資や資金調達まで保証する制度ではなく、案件開発、認証、納入リスクは事業者側に残る。
ETS対象事業者は、自ら生じさせたバイオ由来CO2を恒久貯留して得た除去量に限り、自社の化石起源排出の相殺に充てられる。ただし、排出量をゼロ未満にはできず、利用分は欧州委員会の調達量と増枠量から差し引かれる。
財源面では、除去購入の純費用はおおむね除去購入額から追加枠の競売収入を差し引いた額となる。ただし、実際の収支は除去と排出枠の価格や購入・競売の時期に左右されるため、収入不足時は既存枠から最大1000万枠を追加競売できる。これは総量をさらに増やす措置ではなく、除去購入の補完財源である。
第9c条の仕組みには課題も指摘されている。
第一に、公的調達の確実性と財源の機会費用である。除去価格が想定を上回るか、供給が計画通り立ち上がらなければ、追加枠に見合う除去を確保できない。また、高価な除去に競売収入を振り向けることで、より安価な排出削減への投資を圧迫する恐れがあるほか、公的調達が市場効率を低下させる可能性もある。第二に、排出削減の阻害である。先行増枠により、増枠がなければ必要だった排出削減の一部が除去に置き換わる。削減困難な排出への利用は合理的であり得るが、実行可能な削減まで代替しないことが重要となる。
こうした公的調達と先行増枠に伴う課題に対し、英国は異なるリスク配分の方針を示している。UK ETSでは、排出余地を増やさず、除去枠が市場に入る分だけ、通常の排出枠の競売量を1対1で減らす。政府は除去枠を買い取らず、ETS対象事業者が除去を購入して義務履行に用いる。除去供給が想定を下回っても、排出枠の希少性と削減インセンティブを保ちやすい。
その反面、英国案では、需要と価格形成は市場に委ねられる。除去費用が排出枠価格を上回る間は需要が十分に立ち上がらず、除去事業者の収入予見性や資金調達が難しくなる可能性がある。ただし、英国では別途、収入支援の整備も検討されており、政策全体が完全な市場任せというわけではない。
ETSへの炭素除去の組み込み方式
両者の違いは、高価で供給も不確実な除去の初期市場のリスクを誰が負うかにある。EUは、公的需要を設けて価格差への対応を担い、市場の立ち上がりを後押しする。英国は削減インセンティブ維持を優先し、需要・価格形成や資金調達の不確実性を市場側により多く残す。
もっとも、両制度の将来像は固定されていない。EUは34年末までに、自家利用に留まらない事業者の直接利用へ段階的に移行できるか評価する。英国も除去のETSへの統合は未実施で、競売方式や供給調整は今後の協議事項である。将来は、通常枠の上限とは別に除去枠を設ける方式も選択肢としている。
日本のGX-ETSでは、J-クレジットなどを上限付きで利用でき、除去由来も含まれる。一方、恒久的除去に安定した需要と価格の見通しを与える仕組みは整備されていない。今後、除去需要創出と排出枠の関係を設計する上で、両制度は参考事例となる。
旬刊 EP REPORT 第2185号(2026年9月11日)掲載
※発行元のエネルギー政策研究会の許可を得て、記事をHTML形式でご紹介します。